深夜に住宅街を見回りしていて前方から一人の女が息を切らしながら走ってきたので私は咄嗟に懐中電灯の光線をそちらに向けながら問い掛けた。「どうかしましたか?」
「助けてください。トマトに追われています」とその女は口早に言った。
彼女の服が赤い液体で濡れていた。尋常ではない様子だったが、私は彼女の言葉が信じていなかった。「トマトが追い掛けてくるのですか?」と質問してみたが、頭の中では真面目に対応するべきかどうか迷っていた。
しかし、女はすぐにまた走り出して私の傍らを駆け抜けていった。その瞬間、トマトの匂いが鼻先を掠めた。私は呆気に取られながら彼女を見送ったが、あれだけ動揺している女を一人で行かせて大丈夫だろうかという懸念が脳裏を掠めたので追い掛けるべきかもしれないと考えた。
その瞬間、靴に何かが衝突した。懐中電灯の光線を下ろすと地面に赤いトマトがあった。トマトは女が走ってきた方向からたくさん転がってきていて瞬く間に路上を埋め尽くした。坂道ではないのだが、すべてのトマトがまるで意志を持っているかのように女が走り去った方向に転がっていっていた。まるで女に対して恨みを持っているかのようだった。私はそれらのトマトを間違っても踏み潰したくないと思い、その場に立ち竦んだ。
目次(超短編小説)