湖畔で木材を燃やしていると森の中から一匹の獣が現れた。ゆっくりと這いながら焚火の方へと近付きつつあった。小さくて黒々とした身体だった。初めて見る種類の動物だったが、その行動から推察して私はそれが村に言い伝えられている火獣という生き物だろうと見当を着けた。
森林火災の原因になるので火獣を見つければ必ずその場で殺さなければならないという掟が村にあったが、私はその弱々しい歩き方を見ていて憐憫の情を感じた。みすぼらしいばかりで危険な生き物であるとは思えなかった。
火獣は真っ直ぐに焚火の方向を目指して歩いていた。私は慎重に火獣に近付いていったが、かなり接近しても四本の脚で前進し続けるだけで人間に対しては少しも反応を示さなかった。
しかし、いよいよ炎の熱気が伝わる距離にまで焚火に近付いてくると体表が俄に艶やかになり、黒々としていた毛並みが黄金色に輝き始めた。それは息を飲むような美しい変化だった。
その様子を見て私は恐ろしくなった。このまま火獣を炎に触れさせるわけにはいかないという直観が働き、急いで湖の水をバケツに汲んで焚火に掛けた。
何度もバケツで水を掛けたので火はすっかり消えた。火獣は既に完全に歩みを止めていて体表の輝きが失われていた。私の足元で「ああ」と落胆したような弱々しい声を発した。やけに人間らしい声色だったので私はそれを聞いて胸を締め付けられるような嫌な気分にならされた。
しかし、先程の輝きを思い起こし、私は再び危機意識を持ち直した。火獣を見つければ必ずその場で殺さなければならないという村の掟を思い返していた。
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