電車内でカナシミを見掛けた。彼女はちょっと離れた席に座っていて私の存在には気付いていない様子だった。久しく会っていなかったが、記憶の中にある容姿と変わらなかった。声を掛けるべきだろうかと考えてみたが、車内が混み合っていたので躊躇した。
カナシミの姿を見ていると過去の様々な出来事が次から次へと鮮やかに思い起こされるので私はたちまち切ない気分になった。感極まって目頭が熱くなり、やがて視界が涙で滲んだ。しかし、他の乗客達の視線が気になるので私は必死になって涙腺が決壊しないように我慢した。それは気が遠くなるような努力だった。
ふと気が付くと車内にカナシミの姿が見当たらなくなっていた。彼女はいつの間にか下車していたようだった。私は心の痛みから解放され、全身に虚脱感を覚えながら溜め息を漏らした。彼女に話し掛けられる人がいるだろうかという疑問が脳裏を掠めたところに車外の景色が視界に入り、電車が目的地の駅に近付いてきていると気が付いた。
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