牛革の鞄 | 山田小説 (オリジナル超短編小説) 公開の場

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 街で大きな鞄を買ったので自宅に持ち帰ってから試しに自分で入ってみる。そうして仁王立ちのまま両手を高く挙げてみるが、まだ革には余裕がある。それどころか、奥行きがあるようなので、私は四つん這いの姿勢になって進入していく。革独特の匂いが鼻孔を刺激してくる。入口から遠ざかると周囲が暗闇に閉ざされる。
 
 すぐに私は異変に気付く。もう既に部屋の壁に突き当たらなければおかしい距離にまで進んでいるはずなのである。しかし、鞄にはまだ奥行きがある。まったく理不尽で不可解な現象である。どうも腑に落ちないので私は入口へ引き返す事にする。しかし、それもなかなか見つからない。私は目前に垂れてくる革を押し除けながら進んでいくが、暗闇の中で方向感覚を完全に見失う。
 
 そうこうしている内にようやく一筋の光を前方に発見する。出口かと思って近寄るが、その隙間は小さ過ぎて私の肉体を通さない。両手でこじ開けようと試みるが、体力を消耗するばかりで上手くいかない。誰かが悪戯してジッパーを閉めたらしいのである。しかし、そのジッパーのつまみも内部からの手探りでは見つからない。私は大声を張り上げて外部の人間に対して呼び掛ける。帰宅した時には自分以外の家族全員が留守にしているものとばかり思っていたが、いつの間にか誰かが戻ってきたのだろうか?しかし、返事はない。物音一つ聞こえてはこない。
 
 やがて私は小さな隙間から見える光景が自宅の室内ではないという事実に気付く。そこには青々しい草が生い茂っている地面がある。隙間は私が触れていないのに勝手に開閉している。先程まで金属のジッパーだった部分にずらりと白い歯が並び、草を噛み千切っていく。それに、周辺の温度と湿度があからさまに急上昇し、気が付くと足元が粘液に浸っている。非常に不快な感触である。そして、牛の鳴き声が聞こえてくるのと同時に私は草や粘液などと掻き混ぜられながら鞄の奥へと流し込まれていく。これから何度も反芻を繰り返して念入りに消化されていく自身の運命を悟ったが、酸性の鋭い臭いが鼻孔を刺激してくるので私は反射的に盛大に嘔吐した。

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