夜、耳元から聞こえてきた悲鳴に驚きながら目覚める。私は咄嗟にベッドから跳ね起きる。室内は暗いが、明らかに誰か自分以外の人間が身近に存在しているという気配を感じ取る。半ば跳躍するかのような足取りで素早くドア付近まで移動する。既に悲鳴は収まっているが、その替わりに唸り声が聞こえてきている。私は静かにドアを開ける。そうして後ずさるように片足を廊下に出したところで室内の照明を点灯させる。
ベッドの上に一人の成年男性の姿を発見する。彼はこちらを睨み付けている。苦悶の表情で顔面が歪んでいるが、その外見はこれまでの人生で出会った誰よりも私と酷似している。私はその事実に違和感を抱いたが、動揺を抑えるように努めながら質問を投げ掛けた。
「誰だ?」
「わからないか?俺はお前自身だ。最近、病状の悪化で痛みが激しくなって人生に絶望していただろう?悲嘆して胸が張り裂けそうに感じていただろう?それで、実際に分裂したというわけだ。でも、畜生、俺の方が痛みとか悲しみとかばかり背負っちまった。糞ったれ」
そう言いながら分身はベッドから下りて立ち上がり、私との距離をゆっくりと詰めてきた。背格好もまったく私そのものだった。彼は片手で胸を押さえていたが、私は肺に疾患があって療養生活を続けていたのだった。しかし、その話を聞きながら私は自分の胸部にまったく異常を感じないという事実に気付いた。とても晴れやかな気分だった。疾患から解放されているのだった。
分身は昨日までの私と同様にしきりに咳き込んでいた。かなり苦心しながら言葉を発している様子だった。そして、言い終わるのと同時に私を片手で殴り付けてきた。不意を突かれたので私はその拳をまともに頬に受けて床に倒れ込んだ。しかし、晴れやかな気分は少しも変わらなかった。痛みや悲しみといった負の要素は分身に押し付けたのだった。分身もその八つ当たりでとりあえず気が済んだらしく、ゆっくりとした足取りでベッドに戻っていった。私は自分に訪れた幸運にすっかり気を良くしていたが、だからこそ彼に対しては掛けるべき言葉が見つからなかった。
「分身」シリーズ
分身の胎動
分身の誕生
分身の消滅
目次(超短編小説)