この街では初夏になると旗や暖簾をたくさん見掛けるようになる。強まった陽光の中で種々様々な色彩がよく映える。十字路の角に専用の柱が立てられているのだが、人々はその間に色鮮やかな布を張って自分達の住居を囲うのである。
古くから、住民達の間ではその習慣に気温の上昇を抑制する効果があると信じられている。確かに、影になる空間体積が増えるので多少の効果はあるのかもしれない。布を水に濡らしておけば気化熱によって気温はさらに下がるだろう。
しかし、仮にそうした実益がないと科学の力で証明されたとしても住民達はその習慣を捨てないだろう。初夏に彩り豊かな旗や暖簾で街が一遍に華やぐ様は壮観であるし、それを目当てとして他の地方からわざわざ大勢の観光客が訪問するまでになっているのである。
ただし、そうした工夫にも関わらず、この街の夏は暑い。しかも、旗や暖簾のせいで街並みが一変するせいで住民達でさえ道に迷うのである。だから、吹き出す汗を拭いながら道路を彷徨う人々の姿もまたこの街では夏の風物詩となっている。
目次(超短編小説)