秒針二本 | 山田小説 (オリジナル超短編小説) 公開の場

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 台所の壁時計が止まったので乾電池を交換し、テーブルに腕時計と並べて置きながら丹念に調節する。長針や短針は簡単に合わせられるのだが、秒針の調節作業に手間取る。電源を消して動作を止めておいてから腕時計の秒針が同じ角度に移動してきた瞬間を狙って再起動させるのだが、何度繰り返しても微妙な誤差が生じる。或いは、誤差が生じているような気がする。たとえ一秒以内の齟齬であったとしても人間の感覚はそれを鋭く察知する。視界内に焦点は一つしかないので両方を同時に凝視できるわけではないのだが、私としてはその都度どちらが遅れていると天下万民の前ではっきり指摘する自信さえある。
 
 納得は何よりも優先する。実際問題として、秒針の一秒以内の誤差などは取るに足らない規模が小さな問題かもしれない。しかも、その腕時計がこの世界を統べる絶対的な時刻を告示しているというわけでもない。果たしてこの世界を統べる絶対的な時刻というものがあるのかどうか、残念ながら寡聞にして私は承知していないが、仮にそれがあったとして、壁時計の方がその正解により近かったという場合もあったかもしれない。しかし、私はその腕時計に合わせて調節すると決めたのであるから、二つの時計をテーブルに並べて同じ作業を気が済むまで何度も繰り返す。
 
 あれから数日が経った。まだ私は納得していない。段々と高い集中力の維持が困難になってきて感覚に対する自信が揺らいできたので中途であきらめて作業を切り上げたのである。しかし、今でも私は台所に立ち入る事には軽い抵抗感を覚える。互いの主張を譲ろうとしない頑迷な二本の秒針よってその室内だけ奇妙に時空が軋んでいるように感じられて胸中が落ち着かない。もちろん軋んでいるところで一切問題は生じないかもしれないが、もしも生じた場合に問題の規模があまりにも大きくて自分の手には負えないのではないか、と思われて心細いのである。

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