塀のすぐ横でタンポポがまるで押し花のように平面的な状態になって路面に倒れている。私はまだ新鮮な色彩を保っている花弁を見つめながら疑問を抱く。こうして立派に花を咲かせるまで安全に成長できた場所でどうして押し潰される羽目になったのだろう?
もちろん、改めて考えてみるまでもない。私は今さっきコントロールを誤った自動車が轟音と共に歩道を突進していく光景を間近で目撃したのだから。塀には塗料が付着しているし、路面にはブレーキ痕が残っている。しかしながら自分に向かって車の破片などが飛来する事はなく、こうして無傷でいられたのは僥倖である。それらの事実を一通り確認しながらも、私は眼前で発生した交通事故の衝撃でちょっとしたショック状態に陥っていたようで頭の中がしばらく正常な機能を失っていたが、ガソリンの特徴的な臭いが嗅覚を刺激したせいで急に危機感を抱く。引火して爆発する可能性があるという事に気付いたのである。
反射的に足を踏み出した方向は事故車の反対側だったが、まだ車内に運転手が残されてるかもしれないと思い付いて私は咄嗟に踵を返す。鼓動の高鳴りを感じるが、視線は事故車の潰れ具合を観察し、破壊の度合いが少なそうなドアを探している。極度の緊張に襲われながらも、なんとなく夢見心地であり、そんな自分の精神状態を面白がる余裕さえある。そして、私はまるであらかじめ台本で行動を指示された役者のような迷いのなさで事故車から運転手を救出したのだった。
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