「俺はこの世界と人生から一切合切の退屈を駆逐したいよ」
彼は常日頃から度々そんな願望を口に出していた。だから自らの感性を極限まで研ぎ澄ませてみた。
それ以来、彼が認識する世界は木っ端微塵に細分化され、数多の欠片が意識内に散乱するという状況が生じた。まるで絶えず爆破され、執拗に粉砕され続けているかのような様相だった。例えば人間達は各自があまりにも個性的である為に彼にとっては集団として何らかの概念に包括できるとは思いも寄らないものであるし、対象を個人に絞ったところでその佇まいが眼前で無限の変容を繰り広げていくので同一の存在として認識し続ける事が至難を極める。かろうじて人間の存在をその背景にある他の事物とは異質な単体として見分ける事は可能であるが、それも幼少期からの習性が引き起こしている反射的な行為でしかない。しかも、世界へ視線を投げ掛けている張本人が常に内面的な変化を伴いながら物事を把握しているので、結局のところ頭の中に飛来しては消滅していく膨大な世界の破片は互いに似ていないという事が唯一の共通項であるような有様で、それどころか彼にとっては自分自身の記憶もまた目新しい情報の集積なので、それぞれの欠片には永遠に名称が与えられる事さえないのだった。
そのようにして延々と新奇な事物を発見し続けながら彼の胸中にはその度に興奮や不安などが入り乱れた。しかし、あらゆる感情も彼にとっては馴染みのないものであり、扱い方がわからないので他の情報と等しく価値がなく、意味も生じなかった。彼は認識したあらゆる事物をひたすら放置し続けた。
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