「すいません。ちょっと聞きたい事があるのですが、よろしいですか?」
道端でいきなり警察官に話し掛けられて足を止める。濃紺の制服をきっちりと着込んだ女性である。こんな真っ昼間から職務質問を受けた経験がないので自分の身なりが余程怪しかったのかと訝ってみたが、そうではなかったらしく、彼女は私の素性を知りたいわけではないらしい。
「今日の未明、午前一時過ぎ頃にそこの交差点で人身事故が発生したのをご存知でしょうか?バイクと自動車が出会い頭に衝突してバイクの運転手が負傷したのですが、自動車が現場から逃走したので目下、警察が行方を追っているところなのです。その件について何らかの情報を持っていらっしゃるのならば捜査に協力願いたいのですが、いかがでしょうか?」
話を聞きながら私は信号機のない交差点へと目を遣ったが、既に現場の片付けは一通り終了した後のようであり、素人の眼力でざっと見渡してみた程度では事故の痕跡を見つけることはできなかった。彼女以外には制服警官の姿もないのだった。彼女は真っ直ぐに視線を私に向けてきていた。早口だったが、その声は聞き取りやすく、内容もよく理解できるような気がした。私は自分が加害者ではなく、目撃者でもない事が残念であるように思われた。
「いいえ。知りません」
真実はとても味気ないものであるように思われたが、その回答を受けた側の彼女の表情に落胆の色は窺えなかった。それどころか、立ち去る間際に私に対する謝意さえ口にしたのだった。
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