望遠スコープ越しに眼下の雑踏を眺める。通りを往来する人々の姿は多種多様である。私は気ままに標的を探し求める。しかし、いざとなると優柔不断な心境になってくるものである。試しに何人かに狙いを定めてみるが、どの通行人も実際に射殺されるには物足りないように感じられる。
時間がゆっくりと流れていく。私はしだいに気分が焦れてくる。スコープを支えたままの姿勢を保つ事が苦痛になってくる。そこで、標的探しを一時的に中断し、ケースからライフルの部品を取り出して組み立てる。適当な人間を発見次第即座に銃撃する為の準備である。
ふと近隣の同じような高さのビルに視線を向ける。その一室で、細身の男性が複数の人間に取り囲まれて暴力を加えられている。時折だが、明らかに本気で蹴られている事がある。ガラス越しなので細部まで鮮明に見えているわけではないが、床に伏して随分と吐血している様子である。一体どのような経緯でこのような事態に発展したのだろう?しかし、その疑問はほとんど私の興味を引き止めない。
私は床に倒れている男性を悪であると決め付ける。彼こそ標的にふさわしい。これはまったくの直感である。もちろん蹴りを入れている連中の方から適当に選択しても良かったが、それと同様に蹴られている側を選ぶ自由もあるのである。ただ、それでも敢えて根拠を挙げるなら、弱ってる奴の方が死にやすい。それだけの事である。
私は引き金に掛けた指にゆっくりと力を込める。銃弾が発射された瞬間には上半身に反動が伝わる。音はあまり大きくない。先程まで気ままに暴力を楽しんでいた連中が蜘蛛の子を散らしたように窓辺から消え失せる。標的だけは身動き一つしない。どうやら狙った場所に弾丸が命中した様子である。
これで世の中の悪がまた一つ消滅したわけである。窓ガラスの破片が落下したはずだが、眼下の通行人達は一向に逃げ回る素振りを見せない。誰も事件に気付いていない様子である。そして、私は正義に貢献できたという得意げな気分を味わいながら、悠々とその建物から退去したのだった。
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