ある暖かな昼日中 | 山田小説 (オリジナル超短編小説) 公開の場

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アメーバブログにて超短編小説を発表しています。
「目次(超短編)」から全作品を読んでいただけます。
短い物語ばかりですので、よろしくお願いします。

 のんびりと、かなり馬鹿になったような心持ちで、なんとなく交差点の方向を眺めていると、ふと視界の中を小さなカメとたくましいアキレスが横切った。最初にカメが十字路の角から出現し、それに続くようにしてアキレスが登場したのだった。カメは四本の短い脚でゆっくりと歩き、アキレスは二本の屈強な足で飛ぶように走っていたが、二つの個体はそれぞれ同じ方向を目指していた。

 そして、アキレスが最初にカメがいた地点に到達した時、カメはその少し前方を歩いていた。
 アキレスがカメに追いついた時には、カメもアキレスに追いつかれていた。
 さらに、アキレスがカメを追い抜いた時には、カメもアキレスに追い越されていた。

 すべては一瞬の出来事だった。両者の速度差があまりにも歴然としていたので、その競争の勝敗については、まったく好奇心を刺激される事がなかった。あるいは、彼等自身にとっても、互いに競り合っているという認識は毛頭なかったのかもしれなかった。それどころか、そもそも二つの個体はたまたま十字路を同じ方向に横切っただけの、本来的には何ら関連性がない存在だったのかもしれなかった。

 そして、アキレスの足音が交差点付近から遠ざかって行った後も、カメはまだ視界の中をゆっくりと歩き続けていたのだった。

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