津波の恐ろしさには息を呑んだ。
一瞬にして万余を越える人を飲み込んで、家屋数千軒を破壊してしまった。
ことにみちのくの町々は壊滅の状態に陥った。
改めて思い知らされた。
大自然の営みに、人間の小さな知恵、技術ははるかに及ばない。
人間は太古の昔より自然の前に伏して、ただ神に祈るしかない。
・・・・・・・それでも人間はもう一度、廃墟の中から立ち上がる。
虚しさに耐えて、人間はせっせと動き始める。

動いているうちに小さな目標から、より快適な暮らしを求めて限度のない技術の開発に挑む。それが人間では制御できなくなる怖れがあっても。挑戦を続けてきた。
福島原発1号機の爆発は世界を震撼とさせた。
私も驚いた。
あのスリーマイル島の原子炉の空炊きのこと、さらにロシアのチェルノブイリの爆破事件の悪夢が重なってきた。
チェルノブイリでは遠く8000キロ離れたところまで死の灰、セシームは届いている。
事故があって既に30年も経っているのに、いまだに炉心からは放射能を発散続けて30キロ圏内は立ち入り禁止されている。
福島原発にもしものことがあれば、少なくとも10万人を越える人が住んでいるところを失うことになる。さらに多数の人が被爆して後遺症で苦しむ惨状が生じることになってしまう。
今、そのような事態にならないよう、懸命の努力を続けている。私たちはただ祈るしかない。
・・・・・・・・原子力発電の安全に対する神話は崩れ去った。
我々は「怖れ」を知らなければならない。
ドイツが原子力発電を廃して、風力太陽光発電、自然再生エネルギーに政策を転換して久しい。
3年前にドイツの黒い森に林業の視察に入ったとき、山奥の1軒家でも必ず屋根に太陽光パネルが必ず施されていることに驚いた。
しかも、真新しい石油ボイラーをそのままにして、薪でのボイラーを新しく利用始めていた。
風力発電も、ようやく日本でもいろんなところで見られるようになってきた。
今や世界の風力発電だけで原子力発電所、福島型の100万キロワットに換算して194機分が稼動している。(2010年末のデータによる)
原子力発電所も必ず寿命がくる。廃炉にするにしても兆円単位の費用がかかることを考えれば我々はドイツに学ばなければならない。
ドイツの原子力発電を止めた勇気は人類として正しい選択ではなかったのか。
既に稼動している原子力発電所は、今回の津波を教訓に更なる安全対策を講じて、これからのエネルギーのあり方を抜本的に考え直さなければならない。

ここに東北沖太平洋地震で亡くなられた方々に心から冥福をお祈りするとともに、行方不明の方々の無事を心からお祈り申し上げます。