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7月1日

 


あの時は大変だった。
6月9日、農水大臣に就任して間もない翌日の午後、大臣室に平尾消費安全局長が飛び込んできた。

「大臣、大変です。ついに都城で牛236頭に口蹄疫が発生したようです」
「写真判定では・・・」
「今やっているところでは、クロのようです」

今まで事前の写真判定で狂ったことはない。ついに一番恐れていたことが生じた。
私はすぐに受話器をとって、都城市の永峯市長の携帯に電話を入れた。

「・・・今動物衛生研究所に検体を送って、PCRの検査を待つところです」
「写真判定では口蹄疫に間違いない。すぐに殺処分を始めてくれ。埋却地はあるだろうか」
「本当ですか、・・・・・・埋却地はあるはずです」

市長も、私からの突然の電話に驚いた風だ。私は副大臣時代の先月、都城市を訪ねて、この勢いの口蹄疫の広がりは畜産県、宮崎の本丸都城まで行くのは時間の問題なので埋却地を探しておいて欲しいと頼んでおいた。
永峯市長の対応も早かった。すぐに200人からの職員に動員をかけて動き出した。
「宮崎市でもワクチン接種の外側での発生が写真では判定できます」
再び平尾局長から、今度は電話だ。
私はすぐさま宮崎市の戸敷市長の携帯に電話を入れた。

「・・・・・間違いない。すぐさま殺処分に入って欲しい。投光機は用意する。

今晩中に埋めてもらえないだろうか」
「・・・・・・わかりました」

何回か現地でお逢いしたが真面目な市長さんだ。必ずやってくれる。
そうこうしているうちに、また電話が入る。

「西都市でもワクチンの外側ではその発生が写真でわかりました」
「牛か、豚か」「牛です」
「何頭だ」「580頭です」

私も慌てた。西都市の橋田市長の携帯に電話を入れる。

「すぐ、殺処分して明日までに埋めてくれないか、すぐに獣医も手配する」
「大臣、580頭の牛を一晩で殺処分して埋めてくれなんて、とんでもない話です」

電話の向こうで、市長が血相を変えて噛み付いているのがよくわかる。
私も一昨日まで現地にいて、一つの殺処分現場で朝から夜までで、牛で最高200頭までしかできないことは、よくわかっている。

「無理を承知でお願いしているんだ。何とかやってくれ、ここがヤマだ。君なら必ずできる・・・・」
「・・・・・・わかった。私も宮崎大の畜産の出身だ。やってみます」

元気のいい市長さんだ。市長はすぐさま飛び出して現地に向かった。
ほどなく、現場から重機を入れて穴を掘り始めたと市長からの連絡があった。
また、平尾局長が飛び込んでくる。

「日向市でも牛に口蹄疫が見られます」

ワクチンを接種して児湯郡で何とか口蹄疫を封じ込めようとしているのに、次から次にワクチンの外側で発生している。
これは大変な事態になった。このままクラッシュするのではないだろうか。
私も緊張する。
もう午後6時を回っている。遅いが、日向市長の携帯に電話を入れる。自宅に帰られていたのだろうか。

「明日、殺処分にかかります」

と黒木市長は電話で答える。

「市長、一刻を争う緊急事態だ。何とか今晩から殺処分にかかってくれないか」

私も強引だ。

「・・・・・・・・・」

日向市長はその夜10時には職員を集めて、現場に急行してくれた。

翌日、新たに発生した口蹄疫の患畜、擬似患畜の殺処分、埋却をすべて完了した。
なんとも、奇跡に近い離れ業だったと言える。
私も、副大臣時代に現地の口蹄疫対策本部長として3週間、宮崎で市長さん方とも何回かお逢いしているうちに、お互いに信頼しえる仲になり、直接携帯電話の交換もできていた。それで、無理をお願いできたのだろうか。
有難かった。
その後、新たに国富町、西都市でワクチン接種の外側での発生があったが、すべてすぐに殺処分、埋却した。
13万頭に及んだワクチン接種家畜の殺処分、埋却も6月30日をもってすべて完了した。
現地では激しい豪雨の間を縫っての作業で、ユンボが転んだり、土砂が崩れてきて、人が生き埋めになりそうになったり、骨折などの負傷事故も続出した。牛に蹴られて片目失明の獣医師さんも。大変な作業だった。
なかでも、ワクチン接種の獣医師さんのひとりは、睨みつけられるだけでなく、奥さんから茶碗を投げつけられたと言う。
私も殺処分に立ち会ったが、日頃家畜の病気を治していく獣医師が、自ら健康な牛豚を殺処分するのは、たまらない思いをしたであろう。
激しい雨の中、穴を重機で掘って、殺処分した牛を積み重ねているところに年配の女性が飛び込んで「私も一緒に埋めてくれ」と叫んだと言う。
大きな犠牲を払った。

そしてあれ以来、都城市では新たな発生はなく、周囲3キロの畜産農家96戸の牛、豚の抗体検査をしたが、結果としてすべて陰性だった。
今朝、零時には清浄化できたとして、周囲10キロの移動制限、20キロの搬出制限区域の解除ができた。その他の地域でもほぼ2週間、新たな発生の報告は聞かない。
それにしても、ほっとする。
今回、いろいろなことを学んだ。
口蹄疫は恐ろしい病気だが、家畜に異常を見つけてデジタル写真をインターネットで送ってもらえれば、すぐにPCRの検査をするまでもなく判定できる。そして24時間以内に殺処分、埋却できれば大丈夫だ。
しかし、まだ油断はできない。
川南地区には大変な量の糞尿の中には、生きた口蹄疫ウイルスが活発にうごめいている。
いつなんどき、何処に飛び火するかわからない危険な状態にあることには変わりない。
ここで、気を緩めずに、もう一度しっかりと消毒をして、児湯地区の清浄化に向けて頑張らねばならない。
私は急遽、都城市そして隣接する鹿児島、南九州の大畜産地帯に赴くことにした。
都城の永峯市長さんと先ずは、都城市で清浄化したことの喜びを分かち合った。
そして今後も、気を抜かないで、対策に取り組むことを、しっかりと話し合った。
帰り際に、永峯市長かはれやかに私に語った。
「大臣、あの日は都合8回も殺処分はまだできないかと催促の電話が携帯にありましたよ・・・」
確かに、あのときがヤマだった。

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