春のたましい 神祓いの記 | 山田屋古書店 幻想郷支店

山田屋古書店 幻想郷支店

物語を必要とするのは不幸な人間だ

作者は黒木あるじ。

 

真っ暗な座敷で九重十一はゲンゲのバサマであるキヨと対面していた。ゲンゲとは己の肉体を憑坐にして神や死者と交信する盲目の口寄せ巫女のことだ。青森のイタコなど地域によってさまざまな呼び名があるが、南東北の久地福村のゲンゲは資料も乏しく、記録にはほとんど残されていない。祭祀保安協会の九重は定期的にキヨのもとへ通い、作法や儀礼について記録していたが、それも今日で最後だ。唯一のゲンゲのキヨも90歳になり、今日で使命を引退する。その前に唯一の心残りについて九重に協力して欲しいという。生きた者同士が魂を交換する「たまがえ」の実施だ。

 

祭祀保安協会とは文化庁の外郭団体で、公には存在を秘匿されている特務機関だ。神事祭事をつつがなく執り行い、忘れられた神をあるべき姿に戻すこと、そして失われゆく神事について記録に残すことを任務としている。最近は感染症の世界的な流行によって祭事が中止される機会も多い。

 

祭りというものは神と呼ばれるものを敬い、崇め、鎮める目的で行われる。それが中止になったため、聖域で鎮まるはずの土着の神、産土神が留まるべき境界を越え、現実世界に害をなす事件が相次いでいる。九重十一や八多岬ら祭保協の職員はそれを鎮め、それが出来ないときは処分をも担っている。

 

連作短編集になっており、各編に九重十一目線のプロローグがつく。彼女は闇色の衣服をまとった祭保協の実力者だ。もう一人登場する八多岬は軽薄な言動と容姿でお笑い要員と思いきや、言霊に呪われた一族の一人で言霊を使って九重をサポートするだけでなく、作中で重要なポジションを担っている。

 

終盤では産土神を消滅させようとする組織も登場し。庶民の信仰を守ろうとする祭保協と始祖神の信仰による管理と統率を進めようとする組織との対立となる。ちなみにこの組織との対決は決着がついておらず、次回に持ち越しのようだ。序盤はありきたりな感じだったが、設定が分かってくると面白いので最後までちゃんと読みたい一冊だ。

 

次は斉藤詠一。