大変な大変な小説が発表された。
これは大大大事件である。
人類への神からの衝撃である。
上下1巻の計二巻、厚さは各1cm強程度、ページを開いてみると、あり得ない字の大きさ、行間に、”詐欺か!”と私の心が喚いた。
しかし、読み始めれば、それはどこまでも愚かで浅はかな人間の悲しさであったと、悟ることになる。
心の中で赤面する。
芥川龍之介が現代に蘇り、究極の神に憑依されれば、こんな小説を書いたか、とも思うが、そのまま映像化できそうなアクションシーンが満載であるので、芥川龍之介一人では荷が重そうである。
確かに短編である。
しかし、内容はあまりにも濃く、人類への究極の警告?或いは、未来予言、最終通告、ファイナル・ジャッジメントが地球の究極の神から下されたと思えばよい。
ノストラダムスは滅びたのか?
ノストラダムスの予言が20年以上遅れて、別の形で成就するだけなのか、希望は全てついえたのか。
それとも、これこそが人類への希望なのか。
確かに、唯物論に過ぎる現文明(第7文明)がこのままでよい筈は無い。
金儲けが全ての余りにくだらないこの文明は早々に終わってほしい。
未来を拓くとはこういうことなのか。
新たな文明を拓くとはこういう意味なのか。
本当の意味で”生きる”とは、何なのか。
静かに、究極の神から最後の言葉を受け止めてほしい。
日本語が読める人には福音でしかない。
この書を、自国語として、全て意味をニュアンスを理解できる可能性がある。
心で、魂で、この真実の神の声を聞こうではないか。
今こそ耳を傾けようではないか。
それにしても、”十字架の女”は、実在するのか。
究極の神の名が実在である以上、
登場する天使たちの名が実在である以上
主人公が全く架空の人物であることは無いように思うが。