訳の比較・・・。

 

原典から、

 

Paradigm: The dimensions of context or field, as limited by parameters that inherently predict one’s perception of reality. A paradigm is generally a definition of one’s perception of reality according to its limitations.

 

パラダイムについて、邦訳の解釈は、

 

パラダイム:人間が感知するパラメターによって決定されるというパターン。一般的にパラダイムとは、人間の知覚の制限に従ったリアリティのとらえ方の定義である(訳者中:この言葉の語源はギリシャ語のパラディグマ(型)であり、パターンを意味する。人間はこころのパターンによって観る世界が異なり、これは知覚の制限に関係する。)です。

 

一方、私の訳はといえば、

 

パラダイム(枠組み):現実/真実について、人の知覚で生得的に予想されるという範囲における限界の通りの、コンテクスト、あるいは領域/場/フィールドの次元。一般的にパラダイムは、人の知覚される認識について、その限界の程度に応じた現実/真実の定義です。」となります。

 

これを比べて頂ければお分かりの様に、明らかに歪曲されていますよね。

 

 

このようなことは、ギリシャ語版から訳された欽定英訳聖書を基に訳された不正確な邦訳聖書と、アラム語から直接英訳された正確なラムサ版聖書の間でも数多く見受けられます。

 

ホーキンズ博士は、精神性に関する意図的歪曲による洗脳を、スピリチュアル・レイプとし、いさめています。何故ならその歪曲された教えに洗脳されると、何回もの輪廻転生の間、その誤った教えを信じて人生を送ってしまい、すると様々な過ちを犯す危険性を含むためです。

 

スピリチュアルの真実を意図的に歪めて教えることは、どれほどカルマ的にネガティブでひどい所業かお分かりいただけるでしょう。言い換えると、スピリチュアルの真実を、正確に伝えることの困難さを示しています。