昨日は、私が学生時代に所属していたサークルの創部60周年パーティーがありました。同期(第16期)も私を含め3名が集まりました。
コロナ禍により、多くのテニスサークルが活動を諦めた中、わがクラブは存続しました。第8期の富岡氏にOBOG会長に就任いただき、今後、積極的な寄付と共に交流を深め現役生を支えてゆきます。そして100周年を目指そうと一致団結しました。パーティーも130名強集まり、とても盛り上がりました。慶應の団結力の精神は、わがクラブにも息づいています!
さて、プライドを克服した結果として、あなたはスピリチュアルに目覚め、ホーキンズ博士の著作に書かれているスピリチュアルの真実の事柄への理解の幅は広がることでしょう。
しかも、『全能』という思い違いを克服することで、スピリチュアルの真実を受け入れ、意識レベル500の壁を突破するなら、『奇跡』は、日常的なものとなるもの。
すると同時に、自尊心とプライドの違い、満足と幸福の違い、そしてケチと節約の違いなどを明確に気づけるはずですよ。
私も、またホーキンズ博士の著作を数冊読み終えることで、それらの違いを明確に理解出来るようになりました。
私が、邦訳の『パワーか、フォースか』に出会ったのは、まさに『奇跡』でした。何故なら、自分から求めていたのではなく、スピリチュアルの恩人からの紹介だったかったからです。
また、私に幼い頃から、イエスやブッダへの興味がなければ、今はなかったでしょう。
私は幼い頃から、スピリチュアルについて常に『無智』という態度で、今思うと実に謙虚で、新たな情報に触れると有難く思い、感謝の気持ちになり、『いい子』の心構えとは異なり、いつもプライドを克服していたことを思い出します。
日本火災海上保険株式会社に入社せねば、彼との出会いもなく、また塾の経営が行き詰まっていたという絶妙なタイミングで邦訳の『パワーか、フォースか』と出会う『奇跡』は、あり得なかったでしょう。
更に、私が博士の著作と出会うまで、世界史、政治学、宗教学、哲学、理論物理学などに興味を持ち、それらの本を読むことに、半生を費やされていたというのも『奇跡』。
何故なら、それらの知識なくして博士の本を理解するのは不可能だからですよ。
例えば、『Reality, Spirituality, and Modern Man』には、「古代中国において慈悲深い政治が行われた」と書かれていましたが、それをすぐに私は、唐の太宗の治世であるとピーンときました。大唐帝国時代、中国史上で最も国際的で高度な文化が花開いた理由は、唐の統治が『愛』に基づかれていたためです。その基礎は、第二代皇帝太宗によって、論語や老荘思想に厳格に従う治世を実現し、まさに人類史上最高の帝王学の書『貞観政要』としてまとめられました。
意識の『非局所性』もアインシュタインの唱えた内容について、単純に「中心も、周辺も、隔たりもない」と理解出来ていなければ、意識はすべてのものとつながっていて、ひとつで同じものという解釈は出来なかったことでしょう。
まさにそれらの基礎知識があったため、博士の論述を理解出来て、正確に訳すことが出来たということ。
私には子供が出来ず、しかも勤めていたのが保険会社で土浦に勤務経験があったからこそ、退社後土浦で子供に出来ることとの思いから塾を始めることが出来ました。それは、20年も離れていた英語を基礎から学び直すことが出来たという『奇跡』です。
さらに、『ア・コース・イン・ミラクルズ』を学ぶ方々との『奇跡』の出会い。
その勉強会には、ホーキンズ博士のラスト・レクチャーに参加した日本人3名のうち2名の方がおられ、様々なことを教えていただきましたが、これも『奇跡』。
さらにその場で、キネシオロジーを用いて導き出された答えも、私にとっては『奇跡』です。ゆえに私は、ホーキンズ博士の原典を、訳すという『奇跡』を成し遂げました。このように私に『奇跡』は、数えきれないほど起きています。
博士の全11冊を訳せたのは、それらの『奇跡』すべてが必要でした。
これらの『奇跡』の度に、私は神への感謝を忘れたことはありません。
そして、そのような事を思い出す度に、私はなんて素晴らしい人生を過ごしている事かと思うと同時に、こころが温かくなり、思わず、また神に感謝を捧げている自分がいます。
明日も、またプライドにかかわる問題について。

