あなたは「何をするか?」のレベルに達していらっしゃいますか?

 

ラジャスの200以上500未満のレベルは、まさに人類全体の見本であり、発展をけん引しているレベルです。

 

しかしながら、まだ私的感情に支えられているレベルでも、またあります。

 

すなわちウクライナとパレスティナで起きていることをみれば、それは一目瞭然です。

 

バイデン大統領は、プーチン大統領に対し2021年3月のウクライナ侵攻に対し「人殺し」と発言し、22年3月には「権力の座に留まってはいけない」と、また今年の2月に「狂った野郎」と・・・。

 

アメリカの政治姿勢は、ウクライナとパレスティナの両方で、アメリカのまさに国益に基づき動いていることは明らかです。

 

アメリカは、ウクライナに対し多くの支援をしている一方で、3月22日のモスクワ近郊の劇場クロッカス・シティ・ホールでの実におぞましい銃撃テロを、事前にロシアに報告していると主張していますね。

 

しかしロシアからみると、プーチンを敵と見てウクライナ支援に前向きなアメリカを、友好国と素直にその情報を信じことでしょうか?

 

勿論ロシアは、これまで通りいまもアメリカと共にイスラムテロ組織と闘っていますが、しかし日和見主義の単なる「ええかっこし」にしか映りませんが・・・。

 

あなたがプーチンの立場で、その「ええかっこし」の情報を信じられるでしょうか?

 

それに実際の事件は、在ロシアのアメリカ人向けに注意勧告された日でありませんでしたしね。

 

またアメリカは、ウクライナに対し、ロシアへの無人機攻撃を止めるようにアドバイスをしていると言います。

 

その理由は、石油価格の世界的な上昇は、来年に行われる大統領選挙でバイデンに不利に働からとメディアは論評しています。

 

パレスティナでは病院にハマスの戦闘員が潜み、人々の行列にさえ戦闘員はいるのでしょうね。一方イスラエルはイラン大使館を攻撃するといったように、国際条約も倫理観も無視されています。

 

ユニセフや、NGOワールド・セントラル・キッチンのスタッフ7名さえイスラエルは容赦なく殺害しているといいますが、戦場で「お前は敵か?味方か?」と聞いている暇などなく、兵士は自分の命に危険を感じたら、容赦なく発砲するでしょう。

 

 

CNN(4月4日14時18分配信)によるとブリンケンは、「民主主義は人間の命、すべての命に最高の価値を置いている」と発言していますが、言行不一致と言わざるを得ないでしょう。

 

違いますか?

 

戦場で活動をするというのは、「死を受け入れる」覚悟を持ってなされるべきもので、安全は担保されません。それを批判出来るのでしょうか?

 

アブレイユ捕虜収容所の事件のみならず、『バンド・オブ・ブラザーズ』(計測値380)を始め、多くのドキュメンタリーや、映画で捕虜の虐待や虐殺が記録され、また描かれていることを、誰も忘れてはいけないでしょう。

 

スナイパーは、木と同化し、雪と同化し、ビルと同化しし、敵を待ち受けます。戦場では、囮や偽装など当たり前なのですよ。きれいな戦争と汚い戦争の違いなどありません。

 

ウクライナの映画監督アリサ・コヴァレンコは、志願して東部戦線で戦いました。

 

彼女は、「戦場に英雄などいない。塹壕を掘り、ある日突撃し、または爆撃で死ぬだけの日常があるのみ。」(国際報道2004年3日放送『ウクライナの軍事侵攻を見つめて~映画監督の見た現実』より)と述べていました。

 

彼女の所属部隊は、消耗が激しくわずか2月足らずで壊滅したため、彼女は「悲惨な戦場の日常を世界に届ける」と映画製作に戻りました。

 

そもそも、戦争にルールを設けようというのが間違いです。

 

戦争の現実を知るのは、ただ戦場で戦っている兵士のみであり、政治家は何も分からず、自分達の利益を求めているというは明白でしょう。これらの事態を、あなたはどのように見ておられるでしょうか?

 

レーガン大統領(計測値502)とゴルバチョフ大統領(500)は、米ソの兵士のひとりとして血を流すことなく東西冷戦を終結させましたね。

 

その背後には、激しい情報戦が繰り広げられたのですが、しかし最後の砦は、「血を流さないこと」という一点において両大統領の意志は強固に一致していました。

結局、ラジャスのレベルでは、200未満の感情に左右されることを忘れてはならないでしょう。

 

LG288-2(いくつかのポジティブな思考が、ネガティブな思考を通して生じ)

The second state, which is higher than inertia, is that of being “energetic.” The emotions underlying this state are those of desire, anger, and pride. The nature of these feelings is to interfere less with concentration than the previous lower state because some positive thoughts are allowed to flow through and mix with negative thoughts are accomplished, there is unevenness of performance because of the mixture of positive and negative thoughts and ideas. Negative feelings such as ambition, desire, or “proving oneself” tend to drive the “go-getter,” and at times the decision-making is compulsive or impulsive.

2番目の状態は、不活発な状態より高く“活発に”なるそれです。この状態に隠れている感情は、欲望、怒りと、プライドのそれです。それらの感覚の性質は、いくつかのポジティブな思考が、ネガティブな思考を通して生じ、混在の受け入れを成し遂げます。そのため、ポジティブとネガティブな思考と、アイデアが混在する理由からパフォーマンスにむらがあります。大望、欠乏、もしくは“自分自身を試す”といったような、ネガティブな感覚は、“やり手”に駆り立てる傾向があり、そのため決断が生じる時において、いやおうなし、もしくは衝動的なものです。

 

LG289-3(勝っても負けても無関係な状況よりも、むしろ勝ち負けの状況に基づかれている)

Characteristic of this level of consciousness is personal self-gain as the primary motivation factor. Therefore, many of the decisions are unsustainable because they are based on a win-lose situation rather than on a win-win situation. A win-win decision would have occurred had the feelings and welfare of the others persons involved in the situation been taken into account.

この意識レベルの特徴は、重要な動機付けの要因として、個人的な自己利得にあります。従ってそれらは、勝っても負けても無関係な状況よりも、むしろ勝ち負けの状況に基づかれているため、その決断の多くは支えきれないものです。勝ち負けに無関係な決断は、その当然起きたであろう決断が考慮された状況に関与するところの、他の人達の感覚と福利を含んでいます。

 

LG289-1(決断は、主に自分達自身に益するため、それらの成功は個人的利益に限定され)

Using language relating to the body’s energy centers, we say that people on this level are motivated by their “solar plexus” (third chakra). This means that they seek to attain success and to master the world. But they are self-centered and driven by personal motivates, with little concern for the welfare of others or of the world in general. Because their decisions benefit primary themselves, their success is limited to personal gain. Any benefit to the world is purely secondary and the results, therefore, fall far short of greatness.

身体のエネルギー中枢に関係づけられる言語を用いること、私達は、それら“太陽叢”(第三のチャクラ)によって、動機づけられるそのレベルにある人々を言います。これは、彼等や彼女等が、この世界での成功を手に入れ、熟達を探し求めていることを意味します。しかし彼等や彼女等は、自己中心的で個人的な動機に駆り立てられ、一般的にこの世界と他者への福利に関心もありません。彼等や彼女等の決断は、主に自分達自身に益するため、それらの成功は個人的利益に限定されます。この世界において、どのような利益であっても、純粋に2番目であり、従ってその結果は、偉大さとはほど遠くかけ離れた状況に陥ります。

 

「Letting go/手放す

David R. Hawkins, M.D., Ph.D. / デビッド・R・ホーキンズ博士

2012, Veritas Publishing P. O. Box 3516 W. Sedna, AZ 86340 U.S.A

Chapter 19 Achievement of Vocational Goals / 第十九章、職業上の目標に関する成就」より