こんにちは 狐お面 




前回の記事で ”偽善(ぎぜん)” という 言葉が出ましたが

これは いったい どういう意味なのでしょうか?




検索してみましたら・・・



1.偽りの ”善行” であり ”善意の評価” を 目的にするもの。


2・”外見的” に 善い行いに 見えても ”本心” や ”良心” からではなく

  ”利己心” などから 行われているもの。


3.”上辺だけ” 善いことだと 見せかけて

  ”善人” だと 思われるようなことをすること。 




などが 出てきました。





前回の記事で ”人の為” に行うことが ”偽り” であり

それが ”偽善” であると 考えられました。

日本社会で ”人のために・・・” ”誰かのために・・・” 

そう ”しつこく 聞かされる時” が あります。

それが ”国会議員” などを選ぶ ”選挙” の 時です。国会議事堂(晴れ)





選挙演説では


”この 日本のために・・・”

”有権者の 皆さまのために・・・”

”未来の 子供たちのために・・・”


などという言葉を よく 候補者たちが 使っています。選挙演説




しかし 選挙で 当選してしまえば・・・

後で そんな言葉は 反故(ほご) にされることが多く

単なる ”美辞麗句” だったことに 気づかされます。ショック!





相田みつをさんが 書いた通り・・・

やっぱり ”いつわり” でしたねぇ。(笑)にひひ






でも 選挙活動の時に

”自分のため・・・自分のために 当選したい・・・” などと 言っていたら

そんな 自己中心的な人には 投票しない・・・と 思われてしまうでしょう。

では なんと言って 演説すればいいのか?




それは・・・


”自分は 今後 いい日本に 住みたいから・・・

この国を 変えるために 議員になりたいのです。”




そんな 内容の演説をする 候補者が 本物かもしれませんね。(笑)ニコニコ






”人のために・・・” ”誰かのために・・・”

そんな 言葉を 使いたがる人は

自分の ”本心” を 隠して 

外面を ”装っている人” の 傾向のようですね。

ちょっと 注意が 必要かもしれませんね。ガーン






ブッダは ”八正道” の中の 6番目の ”正精進”で 

”善への努力を しなさい” と 説きました。

それは ”自分自身のための 努力” なのであり

それが 人生での 目的であるわけです。星






そこには 言葉による ”ごまかし” も 必要ありません。

必要なのは ただ ”実践” だけです。走る人 







私たちは ”人のため・・・” という言葉に ”酔う” のではなく

自分のために ”実践” できることを 評価すべきのようですね。

それが ”本物の善” で あるわけなのです。目ニコニコ