加護ありし

茹だるような暑さの中、盆休みも返上して仕事していたのだが、
盆が明けると、さすがに体が急に重くなった。
そんなある夏の日の夕刻、いつものように松江から出雲への家路を急いでいると、
前方の西の空が秋近しと思うほど、やけに妖しい。
周囲を360度殆ど見渡せる斐川平野に差し掛かると薄闇の中、
遠くまだ青さを残した西の空の山影は、
下から炎を巻き上げたように真っ赤に燃えていた。
それはまだ遠い秋の空を、一足早く予兆させるような夕焼けだった。
思わず車を停めてシャッターを切った。

そしてまた車を走らせたのだが、この時季になると、
なぜか脳裏をよぎり出す光景がある。
今から39年前、群馬県多野郡上野村の高天原山山中ヘ
操縦不能なまま墜落した日航ジャンボ機123便。
奇跡的に生還した出雲市大社町出身の当時中学一年生の少女が制服姿のまま、
ヘリコプターに吊り上げられる様がまざまざと目に浮かぶ。
おそらく、両親と小学一年生の妹と四人での、
夏休みを利用しての家族旅行の帰路ではなかったろうか。
突然何の予告もなく、少女を襲った凄惨極まりない出来事、
胸中察するには余りある。
墜落直後は、妹もまだ生きていたようである。
入院先の病院で彼女を取材した記者によると、
彼女は事故後の状況を話しながら時折り笑顔も見せたと言う。
姉は妹に「帰ったらまた家族みんなで仲良く過ごそうね」
と言って励ましたのだが、その直後、妹は血を吐いて息絶えたと言う。
彼女が時折り浮かべた笑顔、
それは、彼女がこの世でもっとも大切にしておきたいと願う、
かけがえのない瞬間へ注いだ愛おしき思いの顕われではなかったろうか。

自分だけ生き残りとなった少女が、
その後の人生をいかに送っているかは知る由もないが、
看護師の道を歩んでいるとは風の便りに聴いた。
それは胸を打つのである。
そして歳月は、いつの間にか、その人を50歳を越える坂まで運んだのだ。

思うに惨劇が人を襲ったときに、道は様々に分かれるようである。
裡なる戦い、その葛藤の狭間では、目には見えぬ力が働くと思えてならない。
それを加護と呼んでいいのかもしれない。
それは、母の加護であり、父の加護であり、妹の加護であり、
あるいは、あずかり知らぬ人から届けられた加護でもあるのかもしれない。
それは、やはり人の心の奥底にまで及ぶもののように思えるのだ。
そしてそれは、やがてその人固有の人生哲学を築くのだ。

脈絡もなく行きつ戻りつ、そんなことに思い馳せながら車を走らせていたが、
いつしか日もすっかり落ちて、あたりは暗く沈んだ。

数日後のこと、真夏に咲くノウゼンカズラ(凌霄花)の花が観たくなって、
出雲の郷里近くにある岩根寺へと向かった。
急斜面になった山の岩肌をくり抜いて建てられた小さな御堂がある。
その脇の大地から太く曲がりくねる、
むしろ大樹と言ってもいいほどの蔓が天上へと伸びて、
途中のところどころ青葉の隙間から朱色の花を点々と咲かせている。
そのすっかり古びて色も褪せて白くなった太い蔓は、
とてつもないほどの歳月の流れを感じさせはする。
しかし、そこに精気に満ちた紅い花を見るにつけ、
歳月などものともしない木の底力を感じずにはいられない。
辺りに人気はまったくない。
何度か訪ねているが、人と出逢ったことは絶えてない。
にも拘らず、御堂にはまだ生気のある花が供えられている。
きっと毎朝必ず世話をする人がいるのだろう。

時がぱったり止まったような静謐な時間が流れる。
ふと足許に眼を遣ると、ハグロトンボの姿が在る。
黒い羽をゆっくりと全開に広げてはまた閉じるという、
単純な動作をただひたすら、飽きもせず繰り返している。
ハグロトンボは私に何を告げようとしているのだろう。
目を閉じて風の音を聴く。
しばらくして目を開くと、そこにハグロトンボの姿はもうなかった。
亡くなった人の魂を運んで来るという、
いにしえ人の言い伝えを耳に刻んでその場を後にした。

 

 

出雲/斐川平野の夕焼け

 

出雲/岩根寺

 

 

 

 

 

 

 

ひこうき雲/荒井由実(松任谷由実)

 

 

短編小説 恋文~往信 朗読版

 

短編小説 恋文~返書 朗読版

 

古くからの友人、高木早苗さんが、松江市観光大使を務める京太郎さんと、

ご当地松江を舞台にしたデュエットソング、

『さよならだんだんまた明日』をリリースされました。
とても素敵な歌ですので、是非聴いてあげて下さい。

不肖私めの撮影した写真も少しだけ入れてありますので、よろしくです。

 

「だんだん」は、出雲地方独特の方言で、ありがとうの意です。

 

 

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