ニュイサンジョルジュ 1erクリュ クロ デ コルヴェ 1998 / ドメーヌ プリューレ ロック

長年ウチに置いといたら随分とラベルが色あせてしまった。

 

輸入業者は 株式会社 徳岡

 

前の職場(飲食店)で、メニューに載せる為に写真撮影した時の画像があったので載せておく。

2006年1月28日撮影

入荷したばかりなので、当たり前だが色褪せしておらずピッカピカ。

2006年1月28日撮影

Monopole(モノポール)と表記がある。

1つの畑を複数の所有者が分割して持つ場合が多いブルゴーニュで、クロ・デ・コルヴェの畑はプリューレ・ロック醸造所の単独所有(モノポール)ですよ、という意味である。

 

ドメーヌ・プリューレ・ロックについて

オーナーはアンリ・フレデリック・ロック氏。ジャンレノ似のイケオジです。

実はこの人、超有名なドメーヌ・ルロワのオーナー 、ラルー・ビーズ・ルロワ女史の甥にあたる人なのです。また、当時 D.R.C(ドメーヌ・ド・ラ・ロマネコンティ)の共同経営者でもありました。ちなみに、もう一人の共同経営者はオーヴェール・ド・ヴィレーヌ氏(当時)。2026年現在は甥のベルトラン・ド・ヴィレーヌ氏が共同経営者の座を引き継いでいます。

アンリ・フレデリック・ロック氏は残念ながら2018年に逝去されました。プリューレ・ロックの経営は2026年現在、ロック氏の右腕であったヤニック・シャン氏が引き継いでいます。

なお、D.R.Cの共同経営者の座は、叔母のラルー・ビーズ・ルロワ女史の娘、ペリーヌ・フェナル女史(ロック氏のいとこ)が引き継いでいるようです。

 

これより先は2008年1月に訪れたクロ・デ・コルヴェの畑とその周辺の写真を載せます。

2008.1.25撮影

フランス国内どこをどう廻ったか忘れてしまったが、前後の写真を見るとボーヌからニュイサンジョルジュに向かったようである。ここはボーヌの駅で、この列車に乗ってニュイサンジョルジュに向かったと思われる。

 

 

ニュイサンジョルジュ駅に着きました

 

 

 

 

 

駅からクロ・デ・コルヴェの畑まで随分迷ったような覚えがある。こんな標識を見ても全くわからず。

 

ニュイサンジョルジュの街並み

 

やっと見つけたクロ・デ・コルヴェの畑

 

 

 

この日は寒かったなぁ

 

最後までご覧いただき、ありがとうございました。