北陸奥(架空/投手/Sランク)
43人目は初代やきゅつくからの常連
北陸奥 投手です。
名作 名門!!第三野球部 に出てきそうな覚えやすい名前です。
同じく名前も輪郭も印象的だった獅子堂彰布投手と並んで、初代で起用した人が多いのではないでしょうか。
やきゅつく2の北投手ですが
初代の栄光はどこへやら
ぱっとしない能力にとんでもないナックルを投げる体力バカという、なんだかよくわからない投手です。
私のチームには旧世紀187年に入団。
高卒とは思えない体力で、とにかく投げまくってくれました。
1年目は留学。
2年目から46試合→67試合→77試合と投げまくり。
防御率は5.00前後と安定感はありませんでしたが、かなりの鉄腕です。
5年目以降は防御率も安定し、7年目にはなんと
101試合 に登板。
8年目は91試合で防御率2.18という好成績。
ただの体力バカではない、初代やきゅつくを思い出させる大活躍を見せます。
このままやきゅつく2史に残る大投手になるかと思いきや・・・
暗雲が立ち込めます。
12年目、30歳を超えたあたりから、急激に登板数が減ったのです。
48試合→11試合→2試合→3試合という激減っぷり。
間違いなく若いころの酷使の影響です。
監督はスポーツ新聞で叩かれまくれ、ネットで大炎上、国会でも話題になったことでしょう。
その後も年に数試合投げる程度で完全過去の人となり
まだ現役だったのか
十年前に終わっている選手
選手名鑑の説明は毎年「今年が正念場」
南薩摩さん
プロリハビラー
などと陰口を叩かれる北投手。
迎えた21年目、39歳の北投手は、ついに・・・
復活を遂げます
先発で
20試合に先発し、12勝
5回を投げるのがやっとで、防御率もいまいち。
打線のおかげの12勝ですが、北投手は間違いなく復活したのです。
その姿に、ファン、マスコミは手のひらを返して賞賛の声を送ったことでしょう。
そして翌年、北投手は22年の現役生活に終止符を打ちます。
若き日の初代やきゅつくを思い出させる雄姿
おそらく怪我をして表舞台から姿を消してからの
39歳でまさかの先発でカムバック。
太く短く
そして細く長い
そんな北陸奥でした。
~北陸奥~
<通算成績>
実働22年 規定投球回到達0回
850試合 1052イニング
64勝 31敗 20セーブ 防御率3.92
カムバック賞(勝手に創設)
<キャリアハイ>
91試合 101イニング
6勝 4敗 3セーブ 防御率2.18
<カムバック賞>
25試合 108イニング
12勝 1敗 0セーブ 防御率4.75
<年度別成績>