まだ納車から半年は経っていないんだけど、先月、半年点検に行ってきた。
こんなご時世だけど、無料でオイル交換をやってくれるとのことなので、それならまぁいいかって感じ。他の点検もタダだし。
それでだいぶ暑くなってきて、エアコンをブン回すようになってきた。
そうなると気になるのは燃費。


まだ納車から半年は経っていないんだけど、先月、半年点検に行ってきた。
こんなご時世だけど、無料でオイル交換をやってくれるとのことなので、それならまぁいいかって感じ。他の点検もタダだし。
それでだいぶ暑くなってきて、エアコンをブン回すようになってきた。
そうなると気になるのは燃費。


納車から4か月ほどが経った。
先日、ちょっとしたお出かけに高校の頃の友達を誘ってみた。
子供さんが楽しめそうなイベントだからどう?って言ったら、忙しい中わざわざ来てくれた。
友達の子供さんは小学生で、もちろん会うのは初めて。
けん玉のイベントで、学童でちょっとはやってはいるけど、まだそんなにって感じ。ほれでもちょいちょい教えたら次々と出来るものが増えていって、すごく楽しそうにしていたから誘って良かったなぁなんて思った。
高校の頃の友達も、まったくっていったところから、それなりに出来るようになっていて、上達のスピードも自分なんかよりは全然早いから驚いた。
出来た時の喜び方は、昔のまんまな反応でちょっと面白かったんだけど、何も言わないでいた。
高校を卒業してからはそんなに会っていなくて、たぶん片手で余るほどしか顔を合わせてはいなかったんだけど、去年の部活のOBOG会で話をして、娘さんがけん玉をやっていて…みたいな話をしていたので、近所でイベントをやっているから、その機会で誘ってみようかなぁなんて思っていた。
まぁ、奇跡的なきっかけのおかげで、こうして楽しむ機会にも恵まれたのは良かった。
同窓会的なものは、余程のことがない限り、なるべく行くようにはしている。
理由は単純で、いつ最後になるかわからないから。
かの昔、まだ自分が現役生…高校生だった頃、部活の練習中に20以上上の世代のOBが遊びに来た。記憶が薄いんだけど、自分は高2でその先輩は40歳ぐらい。
当時は上の世代の人でもこうして遊びに来たくなるような感じなんだなぁ程度にしか思ってなくて、当たり障りのないような感じで、話をしていたとは思う。それにしても不思議な感じはあったけど。
それから数ヶ月後、その先輩が癌で亡くなったことを知った。
その時、あれが最後の思い出巡りだったということが自分にとっては重く感じた。
いつかは自分も同じようなこととなって、同じようにどこかへ行きたいのなら、おそらく母校は入るのではないかと考えた。
そういったのがあって、出来る範囲で会える人には会っておこうというのが頭から離れていない。
そういった話を昨年末にあったOBOG会で当時の顧問の先生に話をしたら、激しく同意をしてもらえた。
そんなあれこれはあったんだけど、高校の頃の友達は地元が近いっていうのもあったから、部活の終わりにはちょくちょく一緒に帰っていたんだけど、あの頃の話し方と今の感じがまぁ変わらんっていうのと、娘さんもあの当時のお母さん似だなぁなんて思うと、なかなか面白かったりした。
あの頃とは違って、お互い介護だの何だのありますよねぇみたいな話とかになるのは、それなりにお年頃になったのだと、つくづく感じた。
たまにはよくわからないことを書いてみるのです…うんうん…
自分の夢ってか、やりたいことっていうのはあって、やりたいというよりかは、もうこんな歳だしやり残したことというべきなのかもしれない。
そう書くと、確かに先々のものではあって、もちろんそれ以外にも、こういうことをやりたいなぁというのはもちろんある。
歳を取って、すっかり目は遠近がバカになってはいるんだけど、やりたいものっていうのは、遠近関係なしであって良いものだとは思う。
近視眼的にやりたいものっていうのは、ちょっとどうにかすれば叶うものではあるので、思いつきでふらっとするのと、ほぼ変わらない程度の難易度ではあろう。知らんけど。
ただ、相当な先を見据えたものや、やろうと思えば出来るけど、ただそこにはクソ高いハードルがありますよってなると、そういうのも含めて、そこにはやり残したことがトンデモレベルであったりはする。
そういったことを自分は口にしたことが1、2回程度。
欲望とはワガママの裏返しという部分をはらんではいるので、こういうところでそれを書き記すことはないかもしれない。
そういった思考に陥る要因として、夢は口に出すべき的な意見はあるんだけど、それはまた、夢が義務となる危険性をはらんでいるような気もしている。
夢って追い詰められて叶えるものではないでしょ。まぁ、日常をガン詰めしまくって、ようやく叶う夢があるというのはわかる。ただ、夢に対して日常で後ろめたさがあるって実際のところどうなのかなって疑問に感じる部分がある。
本当にやりたいことって、捨て去ったものの上に成り立つものなのかと。それがヌルいと言われたら、確かにそう思われても仕方がないだろう。
言い訳がましく言うと、それでも叶えたいものって、茨の道の延長線上という苛烈なものの上にあってはならないと考えている。
個々の価値観が重要視される世の中となってきて、ある意味就職戦線も変なベクトルで難しくなってきてはいるようだけど、先人の知恵やら、人柱の断末魔とかがネットで渦巻く中、ぼんやりでも道がある人は、その後もそんなに後悔せずに生きて行くのかなぁなんて思った。
まぁ、かなり適当に生きていても、それなりに想定外のイベントには遭遇しているので、そういった時に踏ん張れる程度のバイタリティを持っていれば、空虚とか怠惰とかといった背徳感からは、切り離されているとは思う。
生きててつまらんほど、己の本能に嘘をついていることはないと、自分は考えている。
せっかく生きているのなら、身近なところからでも自分が楽しんで行くという厚かましさも、本来あって然るべきではないのかと思う。
さっき言っていたことと何か矛盾していても、ニュアンスは違うんで…といった厚かましさが、程よい生き方なのだろうと思う。
