女流名家舞踊会の記憶 | 九代目家元 杵屋彌吉のブログ

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長唄の唄方を生業としております。
ここでは、非日常と日常の中で感じることを綴ってまいります。





 2月17日、女流名家舞踊大会へお手伝いで出かけた。
長きにわたり国立大劇場(半蔵門)での開催が昨年で幕を閉じ、
今回は、浅草公会堂(浅草)での公演となった。
都風流の時、ふと浅草の行事が頭に浮かんだ。
曲の中に、菊供養、歳の市、べったら市等が入っているからだ。
実際には、べったら市は宝田恵比寿神社(小伝馬町)で行われている。
昔は市が来ると気温が下がり、冬の季節へと入る。
現在は暖冬で、四季の変化が無くなり、いつ冬が来るの?と
思っている人が多いだろう。
ちなみに若いころ頃出かけた事がある。表道リから裏路地に20露店以上が出ていた。
べったらの味見をしながら人ごみをかき分け味比べ。
こんなに違うのかと味わいながら食べた。そして気に入った店で一本購入した。
当時の包装は変わっており、新聞紙で漬物を巻き、縄で縛り、それを丸く巻きあげ、
客に持ち運びし易い様にべったらを渡してくれた。

 話を戻すが、浅草暦(浅草カレンダー)によると、初詣、節分、東京マラソン、金龍の舞、三社祭、植木市、ほうずき市、隅田川花火、サンバカーニバル、菊供養、酉の市、羽子板市、除夜の鐘、等がある。
その中に、枠外に東京マラソンがある。
以前、女流名家舞踊公演が東京マラソン大会と重なった時の事を思い出した。
何故?(私は同級生のパパの清本太夫のように大会で走るわけではないが)
それは、前回まで先生が出演されており、その時の事が急に頭の中に出てきたからである。
 

 その日、国立劇場に向かう途中、劇場周辺道路が一時閉鎖され、大渋滞していた。
先生の払方宅へ、家を出てから大分遅れ、そして劇場へ向かった。
閉鎖の時間帯もあり、国立劇場までが四谷三丁目方面から遠回りとなった。
一番気になったのは出演時間。二人で時計を見ながら段々時は迫り、ナビゲーションの到着時刻は出演時刻の少し手前を指し、直ぐに舞台へ向かう事を示していた。
最初の演目は娘道成寺、きっかけも多い。
楽屋でなく、初めて先生が車の中で抜き差しの確認をしようと云われた。
言わず一杯、毬のきっかけ、あやめの出、山づくし等。
結果は15分前に楽屋に入り出来、慌てず何事もなく無事に舞台を終える事が出来た。
女流名家舞踊の昔の懐かしい私の記憶である。