柿渋の話 | 九代目家元 杵屋彌吉のブログ

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長唄の唄方を生業としております。
ここでは、非日常と日常の中で感じることを綴ってまいります。




 今日は、扇屋さんに出かけた。
襲名披露のため、扇子を作らなければならないからだ。

父(八代目杵屋彌吉)も、よく世話になっていた扇屋さんなのだけれど、自分の年齢を考えると、そこにいる人が代替わりしていても何の不思議もない。
近隣のお店の話などしていると、少々、かみ合わない。
そうか、お店の女性の方がかなり若いのだということで、自嘲せざるを得なかった。
これがジェネレーションギャップのなせる業なのだな、と思う。

短くビジネス的な会話を終えて、ふと扇子を眺めていると、臭いの記憶が蘇って来た。
そう言えば人は、嗅覚による記憶も長く留めているものだと聞いたことがある。
そこに浮かんで来たのは、柿渋の臭いの記憶なのだった。
職人さん方のことを思えば、臭いなどと言っては申し訳ないのだが、昔の扇は、本当に臭いが強かった。
調べてみると、これについては、やはり長い歴史があった。
扇ばかりではなく、昔の木製の工芸品には、広く柿渋が使われていたらしい。

「柿渋の臭いで、虫も寄って来ない」

と冗談で言っていたつもりが、それも本当だった。
何と、ちゃんとした防虫効果、いえそれどころか、抗菌効果があったのだ。

AIによると、
”柿渋には消臭作用だけでなく、細菌の繁殖を抑える優れた抗菌作用があるのも特長の1つです。 これもまた、柿タンニンに含まれるフェノール性水酸基の多さによるものだと言われています。 ”
ということらしい。

 

 そもそも、柿渋は青渋柿を発酵・熟成させた茶色の液体で、日本では既に平安時代から庶民の生活の中で用いられてきたものだ。
主には、塗ものや染色の材料として使われてきたようだが、扇のような木製の工芸品だけでなく、柱や板壁、漁業用の綱などにも塗られていた。
また、家庭用としては、傷薬や下痢止として飲む、衣類の防水などにも使われていたそうなのだ。
こうして調べてみると、かなり重宝なものだったことがよくわかる。

最近の研究では、タンニンの豊富な成分が体臭やウイルスの繁殖を抑え、特にアトピー性皮膚炎や水虫などの皮膚疾患にも効果的で、ノロウイルスや新型コロナウイルスなどのウイルスにも不活性化作用があることが研究で示されて、注目されているとか。

こうなると、臭いなどと言ってごめんなさい、とさえ思ってしまう。
それにしても昔の人の知恵というのは、調査研究された科学的根拠があるというわけではないのに実用的で、驚かされることが多い。
考えようによっては、直接試した人たちから口承伝承で伝わって来たものなのだから、実証済みと言えるのかも知れない。
誠におそるべし、だ。

ところで、店先で扇子をかいでみたところ、臭いがしなかった。
これも調べてみると、先進技術により臭いの元となる物質を除去した塗料が作られているらしい。
技術的には、分子を分離させて臭いの成分だけを取り除くので、防虫防水抗菌効果は残るのだそうだ。
昔の人の知恵を更に絞ったというところだろうか。
何の道にでも、突き詰めれば伸びしろはあるものなのかもしれない。
さぁ、今日も頑張ろう。

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