いや、やっぱり今の会社に残るのは無しだと思う。

多少の不適性なら、克服することも考えるけど向いていない要素が多過ぎて克服するとかそういうレベルじゃない気がする。

引き止められても断ろう。そう心に決めて工場長と上司との面談にのぞんだ。

面談は会議室で20分ほど行われた。

上司が現場の社員2名に私の仕事ぶりを確認したが全く問題はなく、十分な働きをしていると報告を受けた話をしてくれた。

工場長も同じ見解らしい。
会話をしても特に問題はなく、私自身の自己評価が低過ぎると指摘を受けた。

苦手なことを1つずつ説明したが、人間なので得手不得手はあるし、私の不得意は許容範囲内だと判断しているとのこと。

とにかく会社において大事な人材と捉えており、残って欲しいとお願いされた。

えええー…。現場の社員2人に「こいつ使えねー」って絶対思われてると思ったんだけどな。違ったんだ…。

丁寧な説得に心が揺れる。社員4人と仲の良い同期、とりあえず5人の人間が私のことを問題ないと言っているなら信じてもいいのかな?

次の契約更新で時給もちょっとだけ上げてくれるらしい。

グラグラグラ…。

採用された企業で勤務条件や環境について引っ掛かる点があるので、なおさら揺れる。


結論、私は残ることに決めました。
私に出来ることがあるのなら、ここでもう少し頑張ってみよう。


残るということは採用された企業に内定辞退の電話をしなくてはならない。入社日の話までつめていたのに…。

迷惑な話だよな。終業後に電話をするため発信履歴を開く。電話番号を眺めながら何度もため息をつく。


勇気を振り絞って電話すると採用担当者は予想通り戸惑っていた。
引き止められて、気持ちが動いてしまいました。申し訳ありませんと謝る。
「分かりました」と言われ、電話を切った。


思ったよりあっけなくて、下手をしたら罵倒されるくらいの覚悟でいたのでホッとした。


引き止めてくれた仲の良い同期に内定を辞退したとLINEする。


家に帰る途中、電話が鳴った。採用担当者からだ。もう、断ったのに何の用だろう?出るのが少し怖かったが、不誠実を重ねる訳にもいかず車を路肩に止めて電話に出る。


「あのー、さっきはちょっと急過ぎて話についていけなくて電話を切ってしまったのですが、もう少しお話いいですか?」

「あ、はい…」

「もう一度、断った理由について説明してください」

面接で伝えたとおり、通勤時間がネックで転職しようと思ったが会社から思いのほか強い引き止めがあり、心が動いて残ることにしたことを伝えた。

「てことは、恐らくまた同じことになりますよね」

えーと、つまり通勤時間が苦になってまた転職したくなると言いたいのかな?

「えーと、そうですね。その可能性はあります」

「率直に言うと、あなたから求人応募の電話を受けた時点で僕の勘でピンときたんですよね。あなたには現場の仕事を一通り覚えてもらって普通のパートさんより1歩前へ出た仕事をしてもらいたいと期待して採用しました。なので、面接後の説明も他の人より細かいところまで現場を見せて説明したんです。

僕個人としてはここで終わりにしたくないんで、次また辞めたくなったら連絡くれませんか?」

電話で人材の良し悪しが分かるなんてことあるの?面接したうえで現場の説明はしてくれたんだろうけど…。すごい期待の高さだな。怖いけど素直に嬉しい。

「え?いいんですか?」

「はい。用意した書類残しときますから、うちを選択肢に残しておいて欲しいんです。普通は断ったらそれで終わりだと思うんですけど」

嬉しくなって、気づいたら「はい、そのときは必ずご連絡させていただきます」と返事をしていた。舞い上がって余計な話もした。話さなきゃよかったと後で後悔するくらい、バカなことを言った。


というわけで、私の能力に問題ないと社員の言質をとり4月から少額だが昇給も前向きに検討してもらえ、同期も喜んでくれ、応募した企業には可能性を残した状態で今の会社に残留という特殊な結果になった。


はは……すごい結果になったな…。
こんなことあるの?


将来的に今回応募した企業にうつりたい。
その時に役に立つ人材であれるよう、今の会社で今よりも成長することを目指します。採用担当者の期待値が高過ぎるのが少し、いやかなり怖いですけど…。


うやむやにしたくないので具体的な目標を設定します。まずは、社会人1年目の基本でも本で学ぼうかな。私は、やっぱり基礎が出来てないと思うから。基本を学び直して、仕事にもう一度向き合ってみます。