頑張れ留年、浪人生『止まっていた時計が今動き出した』
受験ソングとして聴かれていることが多い曲です。
信濃町駅前から病院の敷地を近道していく慶大生を、慶大病院4号棟の屋上から見ていただろう幸子さんが感じられます。
病気で足踏みしている自分に、学生を眺めて春を待つ身を重ねたのでありましょうか。
ZARD坂井泉水の中の人、幸子さんは何かとつまづきや遠回りの多い、決して順風満帆ではない人生でした。
陸上は練習のし過ぎで疲労骨折、学校のバンドに入れてもらえず、オーディションには落ちるし、海外ロケ先で走ったときに足捻って脚引きずりながら撮影続行して湿布が見えてたり、紅白内定してたのに具合悪くなって辞退、最後はスロープでコケて死んじゃうし。
このアルバムもQUEENのベスト盤に邪魔されてオリコン1位が取れなかったといういわくつき。
君が倒れそうなとき、誰も助けてくれないが、幸子さんが一緒にコケてくれる。
コケても諦めなければどうにかなるもんである。
幸子さんはうっかり打ちどころが悪かったが、君はまだ生きている。
この時期のインタビューで「坂井泉水としての思い出をたくさん作りたい」とかいってて、子宮頸がんの前の子宮筋腫、卵巣嚢腫の段階で生きるか死ぬかは半々くらいと思っていた節があります。
「ねえ いきたいよ」がひらがななのはダブルミーニングではないかと。
幸子さんは無意味に漢字をひらかないと思うんですよね。
この曲、JASRACに金払ってるはずの歌詞サイトが軒並み間違ってて、正しくは「まわり道もいつか意味のある修行(おしえ)と気づく」です。
歌詞カードの歌詞の字面やスペースや改行位置も気にしてるんだから、ちゃんとしないと耳毛抜くぞ。
そんなわけで修行です。
歌手になるということで彼氏と別れたのに、幸子父が固いため、とりあえず上京しようと第一不動産に就職してしまう幸子さんもまた修行をしていたのです。ちなみに配属は総務部でした。
しかし、通勤途中に倉木麻衣さんの親父にスカウトされるのだから世の中わからない。
そんなわけで倉木麻衣さんとも面識があって、デビューの相談受けて「今しかできないことをやっておいたほうがいい」と答えたというのは幸子さんならいいそうだし、過去も未来もなく今しかないZARD武士道であります。
『武道は今日のことも知らずと思うて、日々夜々に箇条を立てて吟味すべきことなり。時の行掛りにて勝負はあるべし(葉隠)』
しかし結局、元カレの別れ話に帰っていってしまうのも幸子さんです。
三島由紀夫超先生の本なんか読んだのも彼氏の影響だし。武士道っぽいのもそのへんから来てそう。
スピリチュアルみのある彼氏の『言葉は実現する』という言葉を信じて、成功するほどに別れた彼氏を思い出しては理想化してしまう。
ZARDの曲によく出てくる『夢を応援して身を引く女』というのは、幸子さんと彼氏の立場を入れ替えて歌っていたので、それがよくわからない力を与えていた、かもしれない。
そんな坂井泉水業務外ではウダウダ過去を引きずって悶々としている幸子さんを知ると、また違うZARDのB面が聴こえてくると思います。
10周年を前にして体が言う事聞かず結果も出ず『今でもあなたの言葉(※多分元カレ)を信じているけど、私はいつか変わってしまう』『あと3年頑張ればあの人(※多分、父親のこと)も認めてくれるかな 褒めてくれるかな』とかメモに書いてる、そろそろ家に帰りたくなってきた哀しみ幸子さんの、歌にならなかった声を聞いてほしい。
後期ZARDはほぼ本人プロデュースで、長戸Pチェックが入らなくなってきますが、どこからが想像で、どこからが身から出たサビなのかは、今となってはOnly GOD knows.
作曲はGARNET CROWの中村由利氏。
編曲は徳永暁人氏。
同じく順風満帆ではない音楽人生を送ってきた徳永暁人氏ですが、後期ZARDにおいて幸子さんにやけに起用されたのは、ビーイングの拠点が大阪に引っ越して楽曲が打ち込み主体になったことにより下積み時代のカラオケ音源打ち込みバイトが生きている感じで、やはりまわり道も意味のある修行だったのである。