70歳、ZARDの歌詞を語る | Ноль минус пять минут

70歳、ZARDの歌詞を語る

 

 

70歳の方が母の死をきっかけにZARDの歌詞について語るという、どうせ変な自費出版本だろうと思ってネタにするため買ったんですが(正直)、よく使う単語を数えていたり思いの外読める本でした。

前半はほとんど自分史が占めてるところも面白いです。

23歳で電機メーカーに就職とか資格勉強のときに聴いててたとか知るかっていうところが面白いです。

幸子さんは他人の人生について根掘り葉掘り聞くのが好きでしたから、生きてれば読んでもらえたかもしれないですね。


カバーデザインも幸子さん(合成)がいないだけで画像のセレクトにZARD感あるし。デザイナーがワカッてる感じ。

ZARDの本家だったとしても波打ち際にカルバンクラインのリュック背負った幸子さんがシルエット程度で写ってる感じですよね。


不人気アルバム『もう探さない』の『いつかは…』に言及してるところはオメガ高い。

なぜこんな歌詞? というのは深い理由ではなく「なんか見た」というのも結構あります。

信じられるのは家族だけの『ゴッドファーザー』や終わったわけじゃないヨまだ始まってもない『キッズ・リターン』まである。


今後の研究として気をつけてもらいたいところとしては、ZARD初期の幸子さんの歌詞は、長戸大幸プロデューサーがダメ出ししまくっていて、言いたいことは1つか2つしか残らなかったということです。

作詞のクレジットは印税を与えるための意味もあって、著作物を仕切ったという意味では初期ZARDはほぼ長戸大幸作詞だと言えます。

そんな不自由な中でうまくプロデューサーやクライアントの検閲を抜けて裏の意味を込めたり、だんだん放任されるようになって変な歌詞ぶっ込んで来るようになった後期ダーク幸子さんは初期とは印象が違うと思います。

また歌詞の視点については、タイアップ上の理由で商品イメージを限定しないなどのマーケティング都合もあって男か女かわからないようにしてたりします。

クライアント付きのタイアップ曲と割合自由なB面やアルバム収録曲の違いというのも比較してみると面白いです。


あと「言葉を大事に」のくだりはよく引き合いにだされますが、あれはライブで『来年の夏も』の歌い出しをトチってやり直しになって間をもたせるために言ったというのもあるので割引が必要です。

本当に言いたかったことは別にあるかもしれない。

「……しっぱい。2日同じことをやると、え〜、失敗してしまいます」とかよくわかんないこと言って止めるところなんかかなりの天然ぶりですし。

あの曲のイントロはボサノバ調で合わすの難しいんで、演奏メンバーも気を取り直すの大変だったでしょ。


顔出し動画で幸子さんが語ってる内容は、スタッフが用意した原稿を読んでるので、幸子さんが言いたいことではないです。NHKでオリンピックの時の『私も中学の時は陸上部で〜』のくだりは「こんなこと言うの?」と読むの嫌がってましたし。

インタビュー記事も、FAXのやり取りをセリフとして再構成されてるのもあります。「蒲池幸子クン」とか書いてあるやつはほぼそれ。

幸子さんは自作について語ってないこともなくて、たまにミュージックフリークマガジンとかでライナーノートを公開してました。


『あの微笑みを忘れないで』で空を斜めに見上げるのは、頭の上に屋根があって横に窓がある、つまり車に乗って海岸に行って、明け方帰るから空を斜めに見上げることになるんです。

幸子さんペーパードライバーなのにクルマ好きなんですヨ。お父さんが教習所の指導員だったからですかね。免許もマニュアルで取ってるし。

その割にオーストラリアで車ロケ撮影中によくわかんないのになぜかこっそりレバー引いて、後で動画確認したらボンネット開きっぱなしで、ボンネットレバーだったと判明した話とか天然ボケにもほどがある。


ZARDの英語歌詞は意識的に映画とかいろいろで拾った言い回しの他に、仮歌で適当に英語っぽくはめただけの意味がない幸子語が残置されていることもあります。

特に『グロリアスマインド』は、コナンのタイアップが決まってた都合で無理して慶應病院から這ってきて先にサビだけ録った音源を、死後スタッフが仮歌と組み合わせたもので、サビ以外適当英語の仮歌なんですよね。

逆に『Don't you see!』のlay me down tonightなんかは直訳「もう眠らせて」と口語「諦めない」で意味が全く逆なのを面白がっていそうではあります。

タイトルからして口語的な意味が通常文法ではないですからね。


あと幸子さんの歌詞はB級映画やSF小説や岩館真理子の少女漫画の影響も色濃いので、そっちも読んでください。

現実よりも心象こそが現実で、『現実』に『いつわり』とルビを振ったりする世界観はフィリップKディックの『トータル・リコール』だし。

『Hypnosis』の歌詞『海が嫌い 山が嫌い 都会が嫌いなら』はファンの間でゴダールの『勝手にしやがれ』だと言われてますが、あれは岩館真理子の『1月にはクリスマス』が先にあったからゴダールが好きになったのだと思ってます[独自研究]




この言ってる言葉が真意ではない感じがZARD味であり俺たちの幸子である。語る言葉がないので口を書かないところがなんとも心象現実。
『きっと忘れない』は「忘れたい」「多分忘れちゃう」、『信じたい、信じてる』のは「信じられない」からだったりします。

 

 

岩館真理子先生の漫画はZARDの原型だと思いますよ。

この漫画の中には、口下手で不器用な幸子さんと完成形としての坂井泉水がいる、ような気がします。


幸子さんの場合は、悲願の印税で買ったZARD御殿にお父さんが帰ってきたようであります。