ネット上での公私の再定義が必要 | Ноль минус пять минут

ネット上での公私の再定義が必要

ゲームに規制を呼び込まないためにゲーマーは言動慎んで暴言吐かないようにしろって無理。

ゲーマーがゲームを歪めるんじゃなく、ゲームシステムがプレイヤーの行動を方向づけるんだよ。

対人で勝てば嬉しい、負ければ悔しいというリアルな感情を呼び起こすほど起伏は激しくなって言葉が出てくる。お互い様ってことで激しい言葉の許容値は上がってくる。


ゲーム内に付属するチャット機能をなくせばとりあえずゲームの中での言葉での煽りはなくなりますよ。

その場合SNSにゲームの愚痴だの晒しが溢れることになるんだけど、SNSで暴言吐かないようにできるかって現状で無理なんだから無理でしょ。

単語で規制すれば新語が作られるだけ。


何が問題なのかって、発信者はゲームの中でのやり取りなんか、こんな個人の零細配信なんか、個人のつぶやきなんか、個人サイトの日記なんか誰も見てないんだから大丈夫だろうと本音や悪ふざけを発信してしまって、それを突然インターネットは全世界がアクセスできる公の場だから許されないと公開リンチに引きずり出されるのが問題なわけ。

王様の耳はロバの耳の洞穴みたいなもんで。


インターネットは電話のような通信インフラでしかなくなっていて、すでにプライベートな領域もあったりするわけですよ。

これだけインターネットが生活を覆ってしまっているんだから、インターネット上におおやけ性のある部分とクローズドな部分をもう一度線引きし直す必要があるってことです。


暴言や愚痴や本音を吐き出したければオフラインで友達集めて飲み屋でやれっていうのが今できないんだから。

人間そんなきれいなもんじゃないんで、毒を吐き出す場ってのは必要です。

オンライン飲み会の発言を、差別語だったにしても動画で関係ない人に晒すのは正義なんですかね。


インターネット上での公私の線の引き直しをやらないと、無職と地位盤石の勝ち組はネットで言いたい放題で、サービス業や会社勤めは常に表現に気をつけてじっと耐えるか匿名で愚痴を書き込むしかなくなりますよ。

で、匿名だからと思って好き勝手やると開示請求されたりね。

このままほっとくと最終的に心許せる私的領域がなくなって表現の自由は金と権力次第になる。