青春編、仕事編、番外編(リブログ)と
中野サンプラザホールの自分史を寄稿したが、
ケアラー事情から中野サンプラザを訪れて
ありがとうを言うのは、叶わなかった。😢

いよいよ2023年7月2日(日)に長き歴史に
幕を閉じる中野サンプラザホール
その 最終章にユーミンを語らずにいられない。
美しく清潔な中野サンプラザホールのステージに
本物の象を登板させたのは、松任谷由実だけだ。

絶対に(象を舞台に乗せるのを)断られる事を鑑み
ユーミンスタッフが、中野サンプラザスタッフと
野球の試合をして親交を深めて 前代未聞の
象をステージに乗せる事に成功したのだ。
ユーミンと言えば、中野サンプラザで像に
乗ってステージに登場した歌手 と言われた
1980年代だったのである。

1979年10月26日 27日
マジカルパンプキンツアー中野サンプラザ公演より

そして、通常のコンサートツアー以外にも
ユーミンは、イレギュラーのステージを
中野サンプラザホールで開催しているのだ。

1983年4月7日 ワンダフルムーン千穐楽公演を
中野サンプラザホールにて開催
左から 松任谷由実 須藤薫 杉真理
ユーミンが、ジョイントコンサートを開くのは
極めて異例だった時代、仲の良い三人
だったから実現したコンサートだった。
2013年に旅立たれた須藤薫の美声を思い出す😢

中野サンプラザホールの記録記載に無いのだが、
筆者の記憶には、このワンダフルムーンの頃に
ユーミンの通常ツアー開催時代に
跳ね上がらないタイプのお洒落な座席だったのが
通常の跳ね上がるタイプの座席に
改修工事されていたのを覚えている。
それだけ需要あるホールだったのだ。

そして、ユーミンと中野サンプラザホールの
ご縁のMAXを感じてしまったのは、
突発的に決定した期間限定企画
1996年8月 13日14日15日に
3日だけ公演された 
「荒井由実コンサート」だった。


セルフカバー「まちぶせ」をリリースし
予てからユーミンが(松任谷由実になってから)
開催を切望していた「荒井由実コンサート」を
今年やろう!と いきなり決まった企画
夏のお盆の最中に会場が、見つかるか?
スタッフの心配を吹き飛ばすように
「ドラえもんショーがキャンセルに
 なったらしいので中野サンプラザイケます」
とトントン拍子で、開催が決まり
その伝説のステージは、映像化&音源化
されているのである。
筆者は、初日に仕事で駆けつけて
リハ後の楽屋にて
ゲスト出演の 山本潤子さんから
ネイティブアメリカンのベストを
褒めて頂けてるところに
ユーミンが、現れ同調して下さった
光栄な思い出が、あるのであります。
しかしながら「最終日に観に来ます」 
とユーミンと山本潤子さんに豪語したのに
関西方面での撮影仕事が、入ってしまい
知人にペアチケットをプレゼントして
涙を呑んだ苦い思い出もあったのだ。

去りゆく時代、幾多のステージに
胸を踊らせて駆けつけていた
中野サンプラザホール
お疲れさま
美しきビルのフォルムと
素晴らしき音響と照明
ゆったりした2222キャパ
ずっとずっと忘れません
ありがとう中野サンプラザホール

YAHIMONときはる拝