今日は東日本大震災から1年ということで

地域の災害伝承について書きたいと思います。


枚方市中宮は江戸時代 河内国交野郡中宮村と呼ばれていた

わけですが祖母に高祖父から過去にこの地域に地震とか

大きな災害はなかったか言い伝えとかはないかということを聞いたら



大きな地震はなかった。高祖父(1863年(文久3年生まれ))からは


特に何も聞いていないということ。


昭和9年にジェーン台風が大阪に直撃して屋根が飛んだ家がある。


昭和14年3月1日に禁野火薬庫の大爆発があって中宮村の集落が

被害を受けた。


水害はというと


明治時代に淀川が決壊したことは聞いているということで


大きな地震は枚方では最低でも150年はないみたいで


警戒せなあかんと思う。



大地震 他人ごととは 思えない。








私が子供のころは毎週百貨店に行ってお子様ランチを食べることが楽しみであった。


1980年~1985年頃に毎週日曜日になると私は両親に連れられて


枚方の百貨店めぐりをしていてうちの母親が変わっていて目立つ人だったので


百貨店の人の顔見知りになっていた。


三越百貨店枚方店のおもちゃ売り場に行き、その後5階にある 大衆食堂に行き


お子様ランチを食べていた。窓からまだ高架になる前の枚方市駅が見れて


電車が行きかうのを見ていた。


三越百貨店に行った後 近鉄百貨店に行き当時、父親が当時5階にあった


旭屋書店で本を読んだりしていて、私たちはその間屋上にあるプレイランドで


ゲームをして遊んでいた。 また近鉄の食堂にもよく行っていたのも思い出である。


私が近鉄ファンであったのは近鉄百貨店のおかげであり、近鉄が優勝した時に


グッツを買ったり、京阪よりも近鉄電車にあこがれたのも近鉄百貨店のおかげである。


そんな思い出のある近鉄百貨店枚方店が2月末で閉店することになった。


なんか寂しく、体の一部が失ったそんな気がした。

この最近は倉庫の出入りが激しい。


最近 三年間借りて下さった方から


解約の連絡がはいった。


その方は入居の時はこんな良い倉庫はないとか


入居する時は喜んで貰えたのに


出て行く時は文句を言って出て行った。


マンション経営やアパート経営、大家業は

入居して契約する時が一番店子の満足度が高い。


そして解約して出ていく時に文句を言って出ていく


場合が多い。今まで嫌というほど見てきた。



本心は でていくときに よくわかる。