イメージしてください。
ある日、目が覚めたら、
あなたはゴーヤ(にがうり)に
なっていました。
あなたはそんな自分を
どう思うでしょうか?
あなたはこんなことを
思うかもしれません。
「私って姿はいびつだし、
とにかくにがいし、
そのままじゃ食べられないし、
子供にはすごく嫌な顔されるし。
ああ、散々だ。
私はなんでゴーヤなんだろう。
もっと、バナナとか、
パイナップルとか、
見た目が可愛くて、
あまい果物になりたかった。
それなのにゴーヤだなんて、
悲しい、みじめだ。
人生お先真っ暗だよ…」
けれども、いくら嘆いても
あなたがゴーヤであることは
変わりません。
他の食材をうらやましがっても、
真似をしてみても、
それにはなれないのです。
ですから、ここはもう自分が
ゴーヤであることを認めて、
開き直ってしまうのです。
いびつで、にがくて、
そのままでは食べられなくて、
子供にも嫌がられる食材として、
「それでも生きていく!」、
「そのままで幸せになる♪」
と決めるのです。
そして、そのままの特徴で、
ゴーヤの料理法を探しに
出かけましょう。
その気になって探してみれば、
世の中には、ゴーヤの
おいしい食べ方があります。
そして、ゴーヤをおいしく
食べてくれる人もいます。
ゴーヤのまま、ゴーヤとして、
大海に乗り出していくのです。
ゴーヤとしておいしくなるには、
あなたが見たことのない
新しい調理法が
必要になるかもしれません。
何か他の食材とのコラボが
必要かもしれません。
とにかく顔を上げて
周りを見回してみましょう。
世の中に出てみましょう。
そして、ゴーヤのままで、
おいしくなる方法と、
おいしく食べてくれる人を
見つけようとしてみましょう。
そうやって
あなたのままで求めれば、
出会いは必ず訪れます。
あっ、ほら、
向こうのお店の角から、
「島豆腐さん」と
「豚肉くん」が連れ立って
歩いてきましたよ。
勇気を出して、「こんにちは!
私、ゴーヤで~す♪」と
声をかけてみてください。
あなたのその苦味を活かした、
ビタミンCたっぷりの
“伝説の料理”が生まれるのは、
時間の問題ですね。
モノを処分しようとしたときに、
「いまの自分にとって
それがいるかいらないか?」
を見分けるために、わかりやすい
ポイントを1つ紹介します。
それは…
「捨てないための言い訳を
するかしないか?」です。
それを手にとって、
「いるかいらないか」
を問いかけたときに、
「それがまだ必要な理由を、
自分が言い訳するかどうか?」
ということです。
そして…
何か言い訳をしているものは、
「いまの自分にはいらない」
ということです。
言い訳というのは、
「もしかすると、
本当はいらないかもしれない」
という直感への反論です。
直感という魂の意志に対して、
現状を維持したい脳からの
説得です。
いかに捨てられないか、
まだ捨ててはいけないか、
現状を変えてはいけないか、
変化してはいけないか、
という脳の主張なのです。
しかし、いまの自分に
本当にいるものでしたら、
言い訳自体が出てきません。
一切迷いわずに、無条件で、
「とにかく必要。以上!」
となるわけです。
ですから、
いるかいらないかを問われて、
いる理由を言い訳し始めた時点で、
そしてその言い訳がくどくどと
長いほど「本当はいらない」
ということを示しているのです。
「もういらないけれど、
まだ執着し抵抗している状態」
ということです。
それがよいか悪いかではなく、
そういう状態だということです。
執着しているなら、
執着したままいましばらく
持っていてもよいのです。
けれども、「言い訳が長いから、
どうも私は執着しているだけ
なんだなあ…」と自覚していれば、
それを手放せるタイミングは
意外と早くやって来ます。
そして執着を手放し、もう
いらないモノを処分した分だけ、
いまの自分を元気にしてくれる
よいモノがやってきますし、
それを受け取ることができます。
ためしに目の前にあるものを
1つ手にとって、
「いるかいらないか」
を聞いてみてください。
いろいろと言い訳していたら、
「本当はいらないけど、まだ
ちょっと持っていたいんだな」
と思って微笑ましくみていて
あげてください。
そのうちすっと
手放せるときがやってきます。
私たちは日常の中に空白がないと、
チャンスがつかめないように
なっています。
神様からのお誘いが
舞い込んで来たときに、
即座に受けられないからです。
日常がぎちぎちにつまった状態で
お誘いが来ると、いま抱えて
いることと、新しくやって来た
お誘いのどちらを取るか迷います。
そして迷っている間に
時期が過ぎ去っていくのです。
ですから、あなたがチャンスを
つかみたいのでしたら、
どうぞ意識して日常の中に
空白をつくるようにしてください。
時間にも、空間にも、あえて
「何もない部分」をつくるのです。
それが自分でできる
“チャンスをつかむための準備”
です。
するとチャンスは、
あなたがつくった空白を目指して
飛び込んできます。
あなたは即座に反応し、さっと
手を伸ばしてそのチャンスを
つかむことができるでしょう。
たとえば服です。
もう着られなくなったり
似合わなくなったりした服を
いつまでもクローゼットに
つっておくと、当然ですが
新しい服が入りません。
すると、あなたが「いいな!」と
思った服に出会っても、
「ちょっとやせれば
あの服が着られるし…」とか、
「古いけど同じような服を
持っているし…」といって
見送ってしまいます。
そして、
いまはもういらない服のために、
いまピンと来た服が手に
入らないわけです。
もしも、いまはもう着られない
服や似合わない服を、
「もういまはいらない」と
折に触れて処分しておけば、
クローゼットの中にスペースが
できていますから、ピンと来た
瞬間に新しい服が手に入ります。
そして、
いまのあなたに相応しい服が、
いまのあなたに相応しい
新しいエネルギーを
どっさり運んできてくれるのです。
それがいまのあなたの
運気をアップさせます。
これからやってくる
本当に素敵なもののために、
昔の服を捨てましょう。
これからやってくる
素晴らしき出会いのために、
過去のしがらみや執着を
手放すのです。
もったいないのは昔の服ではなく、
あなたが得るはずの
新しいエネルギーなのです。
空白は、空白のままでいることを
嫌う習性があります。
一度つくった空白も
少し放っておいたら、
個人差はありますが、
すぐに何かで満たされるように
なっています。
ですから空白を
日常的につくり出すためには、
「何もない状態をつくろう」と
いつも意識することが必要です。
そしてそのためには、日常的に
「捨て続けること」が必要です。
絶対量を削らないままで
圧縮するのも、効率化するのも
限界があるからです。
とにかく四の五の言わずに
捨てることが空白につながります。
あなたもぜひ目の前にあるものや
やることリストの中の予定を、
無作為にいくつか捨ててみて
ください。
わりあいすぐに、
ここで申し上げたことが
体感できるはずです。