宇和島城から『紫電改展示館』に向かう。

 

『紫電改展示館』

 閑散としていて客は私一人だった。

 

 子供の頃、少年マガジンに連載されていたちばてつやの「紫電改のタカ」を毎週楽しみに読んだものだ。もっとも中身はほとんど記憶にないが、紫電改というカッコイイ名前の戦闘機が記憶に摺り込まれていて、本物を見てみたいと思っていた。

 ちなみに「紫電改のタカ」は何年かおきに新装出版されていて今も読むことができる。

 

 見た感想はボディが意外と大きく、ゼロ戦もそうだか運動性能をあげるため、軽量化のためだと思うが、装甲が非常に薄く、骨組みの鉄骨も華奢だということだった。

 

 この紫電改は昭和53年(1978年)11月、愛媛県南宇和郡城辺町久良湾の海底40mに原型のまま沈んでいるのが地元ダイバーによって発見され、翌年7月14日34年ぶりに引き揚げられた。

 戦争末期に日本本土防衛のために編成された第三四三海軍航空隊の飛行機で、昭和20年7月(終戦1ヶ月ほど前)松山基地を出撃し、豊後水道(大分県と愛媛県に挟まれた水道)上空で米軍と交戦した一機とされている。
 紫電改はゼロ戦に代わる新鋭機として終戦間近に開発され、海軍のもっとも優れた戦闘機だったといわれ、この紫電改は現存する日本で唯一の機体だという。

 

 

『宇和海展望タワー』

 残念ながらコロナ禍で登ることができなかった。

 

 馬瀬山の展望地に登ってみる。夕暮れの淡いピンクの光が辺りを支配し始めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 本当はここから竜串海岸を経由して足摺岬から四万十へ行く予定だったが、内子町で時間をかけ過ぎたため日が暮れてきてしまい、直接四万十のホテルに向かった。

 ホテルで荷物をほどくとホテルでレンタサイクルを借りて調べておいた居酒屋へ向かった。居酒屋『味劇場ちか』についてはすでに書いた。