ブリア=サヴァラン著『美味礼讃』

 この題名『美味礼讃』という題名の翻訳は上手すぎる。原題は『味覚の生理学』というお堅い題でさらに「文学や科学のもろもろの学会の会員たる一教授からパリの美食家にささげられた、理論と歴史と日常の問題を含む書」と付記されている。

 ブリア=サヴァランは1755年裕福な法律家の家に生まれた法律家、政治家である。と書くと平々凡々と安楽に生きたデブデブの美食家と思われるかもしれないが、肖像画を見るとスタイルのいいイケメンである(自分でも臆面もなく著書の中で容姿を自慢している)。何しろフランス革命時代の美女レカミエ夫人の従兄弟だという。三部会の代議士をしていたため、1789年に勃発したフランス革命により罪をとわれ、難を逃れてスイスに亡命し、さらにオランダ、アメリカに命からがら亡命することになったなかなかの苦労人である?とはいうものの育ちがいいせいか楽天家のせいかアメリカでの生活も『美味礼讃』のなかで呑気に語られている。

 『美味礼讃(味覚の生理学)』は生理学というくらいで一応学問のように分類、整理がされている。目次を見ると例えば「瞑想一、感覚について」「瞑想二、味覚について」「瞑想三、美味学(ガストロノミー)について」・・・・という具合である。

 科学的なのを装っているが、それほど体系的、理論的ではない。なにせ19世紀初頭の著作なので珍説もでてくる。「諸感覚」のなかに視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚のほかにも生殖感覚を入れた方がいいという話がでてくる。本人は生涯独身だったが「婦人たちは美食家(グルマンド)である」「ある可愛い女性美食家(グルマンド)の肖像」などの項目もあり、女性を普通の男性なみに好きだったことがわかる。

 具体的な料理の話が当然でてくるが、ブリア=サヴァランが絶賛してやまない「七面鳥のトリュフ詰め」というのがあるが、ネットで探してもこの料理はでてこなくて、お目にかかりたいというか食べてみたいものである。ジュウジュウと焼けた七面鳥の油がトリュフに浸み込んでいかにも美味しそうではないか。七面鳥についてはこう書いている。「七面鳥はたしかに新世界が旧世界に贈ったもっとも立派な贈り物のひとつである」、「七面鳥はシャルルマーニュご結婚の祝宴にも出た」と。

 「教授のアフォリズム」という章があって、TV番組の『人生最高のレストラン』でも引用されている有名なアフォリズムがある。

「どんなものを食べているか言ってみたまえ。君がどんな人であるかを言いあててみせよう」

 

 

 レカミエ夫人については以前書きました。