今回はウィーン郊外のいわゆるウィーンの森へ行ってみる。
鉱山の跡に地下水が溜まった湖(池)がある。第二次世界大戦中にはナチスドイツによって戦闘機が造られた秘密工場があった。遊覧船に乗ったが暗いだけでいまいちだった。
「ヘルドリヒスミューレ」
シューベルトゆかりのホテル・レストランでここで「菩提樹」を作曲し、「美しい水車小屋の娘」はここをモデルにして生まれたという。壁にはシューベルトのレリーフとプレートがある。このあたりの森を散策しながら曲の構想を練った?
「ハイリゲンクロイツ修道院」
1133年に設立されたシトー派の修道院で、ここの墓地にはマリーア・ヴェツェラという女性の墓があるので有名だ。墓碑には「花のごとく萌えいでて、花のごとく散りぬ」とある。知らないって?この先を読むと分かりますから急がないで。
中庭にはこんな塔がある。この形、覚えていますか。ウィーンでも紹介しましたが、ペストの終息記念碑です。よほど恐ろしかったんでしょうね。小さな町のロータリーや広場でも見かけたりする。
ウィーンの森というから凄い森林地帯かと思ったらただの雑木林だった。
「マイヤーリング」
1889年1月28日、フランツヨーゼフ1世とエリザベート(シシィ)の間に生まれ何不自由なく育ち、ベルギー王家から迎えた妃と子供もいたルドルフ皇太子(31歳)が、マリーア・ヴェツェラ(17歳)とここマイヤーリングの別荘で心中したのだった。中には大したものはないが遺品や当時の新聞を見ることができる。
フランツ・ヨーゼフ皇帝の命により皇太子専用の館が取り壊され、悲劇の地に礼拝堂が建てられた。


