昨日は根津美術館の次に上野の東京国立博物館へ行った。ボストン美術館所蔵の「平治物語絵巻」を見るためだ。

「東京国立博物館 平成館」
阿修羅展では40分ほど列んだが今回はすぐに入れた。といっても空いていたわけではない。何しろ絵巻物なので小くてガラスケースの中に横に長く置いてあるから、後ろから人と人の隙間を通して見るというわけにはいかない。それに最初の部分から順番に見たいではないか。ガラスケースに沿って列はゆっくり進むがしょうがない。

ポスターの一部を写真に撮った。日本史のたいていの教科書にのっている絵だ。
「平治の乱」(1160年)
藤原信頼とそれに同調する武士たちが院御所・三条殿を襲い後白河上皇の身柄を確保すると三条殿に火を放った。絵巻は三条殿を襲い、警護の武士や非武装の一般官人、女官などに矢を射掛ける場面、後白河上皇に御所車(牛車)に乗るよう強要する場面、その後放火し連れ去る場面が順に描かれている。繊細、色鮮やかで迫力もあって素晴らしい。
このとき信西は一旦は逃げるが追撃を受けて自害する。首は獄門に晒された。この一種のクーデターは清盛が熊野参詣で京都を留守にしていたときを狙って起こされたのだが、清盛は京に戻ると六波羅の合戦で信頼、義朝軍を打ち破った。信頼は処刑され、東国へ落ちのびていった義朝は尾張の国で裏切りに合い殺害され、首は京都でやはり獄門に晒された。
現在NHKの大河ドラマは近衛天皇が崩御(1155年)する直前あたりだから、その後、保元の乱(1156年)とこの絵巻の平治の乱(1160年)へと進んでいくことになる。

ボストン美術館は国外では日本の美術品が一番多い美術館だそうだ。明治維新後、急激な近代化と廃仏毀釈などで困窮した所有者、寺院などが手放し、散逸しようとしていた日本の美術品をフェノロサ、岡倉覚三、ビゲローらが収集したのだった。天心岡倉覚三はボストン美術館の中国・日本美術部長にまでになった。そういえば天心ゆかりの3.11の津波で消失した、北茨城市五浦(いづら)の六角堂が、最近再建されたとニュースで報じていた。
岡倉覚三著「茶の本」
原文は英語で西洋に茶道を紹介した芸術論で、一種の日本文化論ともなっている。岩波文庫版は日本語訳で訳文も古い、今は新訳、対訳本なども出ているようだ。
