「大聖堂」
ヨーロッパではローマのサン・ピエトロ大聖堂、ロンドンのセント・ポール寺院に次ぐ規模を誇る。大聖堂のすぐ手前の人は豆粒ほどにしか見えない。
「ヒラルダの塔」
もとはイスラム教のメスキータ(回教寺院)のミナレット(祈祷塔)だった。レコンキスタ(国土回復運動)の後、この塔だけを鐘楼として残してメスキータを取り壊し、キリスト教の大聖堂を建てた。


左下に人の頭が確認できますか。見上げるような巨大な銀製品です。
かつてはこのミナレットから「アッラーフ・アクバル」(神は偉大なり)というアザーンの澄んだ声が聞かれたことだろう。

ヒラルダの塔からの眺め。オレンジのパティオ。

先日、宇津井健が出ていたNHKの旅番組「旅のチカラ」「宇津井健80歳馬上人生を過ぐ」を見た。その一場面に、「ヒラルダの塔」が映っていた。番組は録画してあったのだが、「渡る世間は鬼ばかり」も宇津井健の映画も見たことないし、馬の話じゃ面白くないのではないかと思い、見ないまま消去してしまおうと一瞬思ったが、見てよかった。とても感動的な内容だった。
宇津井健が早稲田大学馬術部入部に始まる馬との出会いから、まさに現在までの馬上の人生を語る。ただしわけあって十年ほど前に乗馬はやめたということだった。
アンダルース(スペイン純血種馬)に乗ったことがないということで、今回80歳にして初めてアンダルースに乗るためにアンダルシアへ旅した。馬は人間より大きく力が強く、神経質で野生のDNAが残っていて、犬や猫のようなペットではなく危険でさえあるのはもちろんのことだ。馬と人間との濃密な関係が美しい映像と共に描かれている。俳優になって裸馬に乗れるということで、最初の幸運なチャンスをつかみ、以後馬を何頭も飼い乗馬を趣味としてきたそうだ。奥さんが重い病気になりそれから乗馬をやめたということだった。結局奥さんは亡くなってしまったが、奥さんとの話がなかなか素晴らしい。45年間連れ添った妻を趣味をやめて看病するのは当たり前だと思った。入院中、病状について医者がちょっとご主人と医者が呼ぶと、「どうぞ私の前で」と奥さんは言ったそうだ。死期を悟り堂々と亡くなった、そういう女だったと一種の畏敬の念をもって語っていた。
アンダルシアの起伏の緩やかな山々、そして白壁と褐色のスペイン瓦の織りなす美しい街と大聖堂。
また宇津井健が馬に乗りながら上機嫌で鼻歌を歌うところがいい。
「雨が降る降る 人馬は濡れる 越すに越されぬ 田原坂 シャカホイ シャカホイ」
それにしてもなんという80歳だろう。背筋もまっすぐに伸び、かくしゃくとしている(先日バラエティ番組で見た、70歳の渡哲也の足元が少しおぼつかない様子とはえらい違いだ)。70歳のとき仕事が充実していたので、なんだもっと早く70歳になればよかった、70歳になって見えなかったものが見えてきたということもあった。早く亡くなった友人も70歳に達しなかったことは残念だったというようなことも言っていた。
80年という歳月を生き抜いた確固たる一人の人間がここにいる。
いつものように話が逸れるが、馬に関してはまったく知識がないが、馬の映画にはなかなかいい映画がある。思いつくままにあげてみよう。「モンタナの風に抱かれて」(出演:ロバート・レッドフォードと子役にスカーレット・ヨハンソン)、「夢駆ける馬ドリーマー」(主演:ダコタ・ファニング)、「シービスケット」(主演:トビー・マグワイア)、「ジェリコー・マゼッパ伝説」などがある。
絵画では映画の主人公にもなった馬に魅せられた画家のジェリコー「エプソムの競馬」(ルーヴル美術館所蔵)がいい。疾駆する馬は目をむき口から泡を飛ばし、胴体は延びる。ジェリコーは落馬がもとで32歳で亡くなった。
本では人間より知能の高い馬の支配する国を旅するスウィフトの「ガリヴァー旅行記」、馬と結ばれる娘の話が出てくる柳田国男の「遠野物語」などが思い出される。