JR福知山線脱線事故から1年。音楽で追悼 | 城陽発☆くまちゃんのダイエット&読書部屋

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何度も挑戦しては、成功→気を緩めリバウンドの繰り返し。思い切って、ダイエットをブログのタイトルにしちゃいました。おまけで読書部屋も(笑)面白そうな本があれば、コメントくださいね。当面200冊読破が目標!

4月25日は、尼崎でのJR福知山線脱線事故からちょうど1年目でした。あらためて、事故で犠牲となられた皆様、ご遺族の皆様に心からの哀悼の意を表します。そして、負傷され、心と身体の傷に悩まされている皆様に、心を込めてお見舞いの言葉をおくらせてください。

 僕たちにできることは、一瞬で命を、未来を、愛する人を奪われたみなさんの無念を忘れずに、生きること。
 そして、命は何ものにも換えることはできない。効率やもうけを最優先して安全をないがしろにする考えは、間違いだ、ということを訴え続けることだと思っています。
 きのう、現場付近でみなさんに配られた「空色のリボン」を、僕もずっと心の中につけて生きていくつもりです。


 さて、26日の「しんぶん赤旗」のいちおし記事も、やはりJR脱線事故の追悼記事をあげなければなりません。
 僕は、音楽活動をやっている関係から、次のような記事に注目しました。

 

 笑える日が来ることを
 JR事故から1年 宝塚で追悼コンサート


 以下、全文を紹介します。


 JR福知山線脱線事故から1年を迎えた25日、「それぞれの4月25日」として取り組まれた行事の一つ、「あの日を忘れない 思いをつなぐコンサート」が宝塚市で開かれました。会場の阪急宝塚駅Gコレクション前広場には、遺族や事故に遭った人々、福知山線利用者、沿線住民らが集まりました。

 プロの演奏家とアマチュア音楽愛好家が協力して、弦楽合奏、ジャズボーカル、コーラスなど多彩な演目を披露しました。同線をよく利用しているという、往年の著名ロックバンド「サディスティック・ミカ・バンド」の元メンバー、今井裕さんが音楽監督を引き受けました。
 コンサートには、二人の若い被害者が出演しました。一人は、司会を務めた笹岡恵奈さんです。笹岡さんは、事故を起こした三両目に乗っていました。
 笹岡さんは事故後、怖くて眠れない日々が続きましたが、ふと耳にしたあるラジオDJ(ディスク・ジョッキー)のおかげで生きる希望をもち、心から笑えるようになったことを紹介。自分もそんなDJ・MC(司会者)になりたいと勉強を始め、今回がその第一歩となりました。「みなさんにも、また笑える日が来ることを信じています」と、自分を支えてくれた二つの詩を声を詰まらせながら朗読しました。
 もう一人は、通学で一両目に乗っていて重傷を負い、十ヶ月の入院生活を経て今月から復学したばかりの、山下亮輔さんです。以前から音楽をやっていて、入院中も音楽に励まされ、助けられたという山下さん。自分が歌うことで救われる人がいるなら、と今回の出演を決め、杖をついて舞台に上がり、「カントリーロード」など二曲を歌い上げました。ステージには、この日、JR尼崎駅をはじめ七駅に設置されたメッセージボードが集められ、白い鳩たちが空を飛ぶデザインが完成しました。コンサート後、多くの参加者が、「同じあの電車に乗っていた皆様のことはずっと忘れません」「JR西日本は安全を忘れるな」「効率を優先して何が残るのでしょう?尊い命の意味をかみしめたいと思います」などびっしり書き込まれたボードを見つめていました。

 
 どうですか?
 
 ふと耳にしたDJを聴いて、生きる希望が湧き、心から笑えるようになった。音楽に励まされた。自分が歌うことで、救われる人がいるなら・・・これらの言葉に、ぼくは心を揺さぶられました。
 
 たしかに音楽で岩を打ち砕くことはできませんが、その岩が打ち砕くべきものであるなら、「心と身体に力を与える」エネルギーとなるのが、音楽であると僕はおもいます。

 JR西日本の効率最優先の姿勢は、「打ち砕くべき岩」でしょう。それに対して、「尊い命をかみしめ」「安全こそ大事」という思いを広げるうえで、心に流れ込む音楽はジャンルを問わず、かけがえのない役割を果たしてくれると信じています。そんなことを考えさせられた、きょうの「いちおし記事」でした。
 
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