本の紹介 「ザ・フォツクス」著者 フレデリック・フォーサイス 定価・本体1800円(税別) | 『日本史編纂所』・学校では教えてくれない、古代から現代までの日本史を見直します。

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従来の俗説になじまれている向きには、このブログに書かれている様々な歴史上の記事を珍しがり、読んで驚かれるだろう。

 

本の紹介 

「ザ・フォツクス」著者 フレデリック・フォーサイス 定価・本体1800円(税別)
フォーサイス、久々の新刊である。


英軍特殊部隊がとらえた、ハッカー(フォックス)。
米国国家安全保障局に侵入したのは、まだ高校生だった。
この時、英国首相の国家安全保障関係の個人的助言者である、サー・エイドリアン・ウェストンは米国大統領に、ある取引を持ち掛ける。
その内容は、敵対する国のシステムに痕跡も残さず侵入し、秘密工作を行わせ、その情報の全てを提供するという「トロイ作戦」の発動である。
こうして「フォックス」を使い、ウエストンの暗躍が始まるのだが、国際謀略小説の第一人者フォーサイスの筆力は健在である。
舞台は米国、英国、ロシア、イスラエル、イラン、北朝鮮と広範で、各国の秘密情報機関の暗闘は凄まじい。
この本の訳者黒川敏行氏の後書きを一部以下に引用します。


訳者あとがき


 国際謀略小説の巨匠フレデリック・フォーサイスの最新作、『サ・フオックス』をお届けする。
 原著刊行は二〇一八年九月。一九三八年八月生まれの著者はその時点で八十歳だが、いっこうに枯れることなく、今まさに緊迫の度を強めつつあるように見える危機的な国際情勢と生々しく切り結び、
それを面白さ抜群のストーリーに乗せるという、純正フォーサイス印のエンターテイメント作品に仕上がっているところはみごとと言うほかない。

 ある日、アメリカ合衆国の国家安全保障局(NSA)のコンピューターが何者かにハツキングされ、システムに大きな損傷を受ける。
NSAと言えば世界最強国家の電子情報収集活動の牙城であり、セキュリティーは鉄壁の守りという言葉でも足りないくらいに厳重きわまりない。
それをまんまと破ってしまったのは何者なのか?頭がよくて人を騙すのが得意な狐を思わせるというので"フォックス"と呼ばれるようになる謎の凄腕ハッカー。
その正体は、なんとイギリスに住む十八歳の引きこもりの若者、ルーク・ジエニングズだった。
 ルークはイギリス当局に逮捕される。アメリカは重大な犯罪を犯した若者の身柄引き渡しをイギリス政府に要求する。
だが、ルークは自閉症の一種であるアスベルガー症候群を患っており、家族と引き離されて外国の刑務所に入れられると、深刻な精神的ダメージを受けるに違いない。


 この事態を受けて、イギリス首相の私的顧問を務めるサー・エイドリアン・ウェストンが一計を案じた。
アメリカに身柄引き渡しを免除してもらい、ルークをイギリス政府で雇って極秘のサイバー戦に従事させる。
そして得られた成果をアメリカにも提供する。これならアメリカの、名は示されないが明らかにあの、「アメリカーファースト」の人物とおぼしき大統領も文句を言わないだろう。
 こうして一大プロジェクト、〈トロイ作戦〉が始動する。ハッキングによるサイバー戦は一種の騙し討ちであるから、
西洋世界最古の有名な欺瞞作戦に使われた"トロイの木馬”にあやかった忤戦名がっけられたのだ。

 著者インタビューによれば、アスペルガー症候群の若い天才ハツカーという人物設定は、実在の人物をもとにしているという。ラウリ・ラヴというのがその人物だ。
 二〇一三年一月、アメリカの連邦刑事事件の量刑基準を定める機関、合衆国量刑委員会のウェブサイトに突然、ハツキング事犯への刑の過酷さを批判する動画が現われ、
それと同時に、米軍やミサイル防衛局やNASAのデータベースから盗み出された機密情報が、暗号化された形でではあるが公開されるという事件が起きた。
犯人は国際的ハツカー集団アノニマスに参加している一グループで、事件の数日前に、ネットの自由を確保することで社会正義を実現しようとした活動家アーロン・スワーツが、
重すぎる刑を受ける可能性があることから自殺したことに対しての抗議のハッキングだった。

この犯行グループの首謀者が、電子工学専攻の学生ラウリーラヴ(当時二十八歳)で、イギリス当局に逮捕されたが、まもなく不起訴となった。
しかしアメリカ側は数千件のシステム侵入の罪でラヴを起訴する決定をし、イギリスに身柄の引き渡しを要求した。

 こうして引き渡しの可否を判断する審問かロンドンの裁判所で開かれたが、そこでケンブリッジ大学の心理学者サイモン・バロン・コーエン教授が証言をし、ラヴはアスベルガー症候群で、
引き渡せば自殺のおそれがあるから、人権保護の観点から引き渡しはすべきではないと主張した
(このサイモン・バロン・コーエン教授は本書に実名で登場している)
 
結局、アスペルガー症候群という事情と、アメリカにおけるハツキング事犯の刑罰があまりにも重すぎることを理由に、二〇一八年二月、引き渡し不許可の決定がなされた。
イギリスでは、二〇〇二年にアメリカの政府機関のコンピューターに侵人する事件を起こしたハツカー、ギャリー・マッキノンについても、二千十二年にアスベルガー症候群を理由として身柄引き渡しを化否している。

 さて本書でこの天才ハツカーという秘密兵器を運用するのが、今は表向き引退して悠々自適の老後を送っている元イギリス秘密情報部員、サー・エイドリアンーウェストンだ。
冷戦時代に培ったスパイ・マスターとしての豊富な経験を生かして、いくつかの秘密工作をしかけていく、前作の『キル・リスト』や前々作の『コブラ』は、仮にアメリカ大統領の強力な権限がバックにあったら、
自分なら麻薬問題やイスラム過激思想に染まったホームグロウンテロリズムにこんな手を打つだろう、という具合に、フォーサイスがシミュレーションをする小説の一面があったが、本書もそれにあてはまる。
以下を省略。


著者は、幅広い人脈から現役の軍人、情報機関員、学者などから、匿名で生の情報を仕入れているという。
だからその臨場感は迫力があり、情報誌としても利用できる程で、その取材力は正確である。
私は彼を含め、「ゴッド・ファザー」のマリオ・プーツオ、名作「針の目」のケン・フォレット、「寒い国から帰ってきたスパイ 」のジョン・ル・カレなどが大好きである。
フォーサイスの著作(コブラ、キルリスト、アウトサイダー、オデッサファイル、第四の核、名作ジャッカルの日、売国奴の持参金、カリブの失楽園、戦争の犠牲者、シェパード、帝王、
 翼を愛した男たち、悪魔の選択、神の拳、アヴェンジャー、騙し屋、ネゴシェイター、戦士たちの挽歌、アフガンの男、アウトサイダー)
これらが私の書棚を飾っている。
日本の文壇には、こうした国際的視野で小説を書く作家は皆無と言ってよい。何しろ漫才屋が身内の日常を描けば「直木賞」を貰えるのだから、チョロイものである。
勿論、読む価値がないとして読まなければいいだけで、私小説分野を否定はしない。
日本の小説は狭すぎる舞台設定、浅いスケール、陳腐な設定で、全く面白くない。
自衛隊が特殊部隊を派遣して、北朝鮮の金正日を拉致し、拉致被害者と交換するというような、壮大なスケールの小説家の出現を望みたいものである。

大ファンである私としては、この本の評価として☆☆☆☆☆ を進呈する。