新しい和と雅の創造
ニュートラディショナルクリエーター
八木順子こと”やぎこ”です。
ちょっとおねだりしてみました。
実家の近くで売っている美味しいしらすと桜えびを送ってもらいました。
本当に欲しかったのは、
こんぶとわかめだったのですが、
一緒に送ってくれました。
普段、あまり親にもお願いをしないので、
「送って欲しい」と
母に連絡したら
「あなたが、送って欲しいというなんて珍しいね。すぐに送るよ。
他に欲しいものあったら一緒に送るけど」
と言ってくれたので
「しらすとか桜えびもあったら嬉しい」
とお願いしたのです。
私は、高校卒業以来実家の親元を離れて暮らしています。
一人暮らしの時も、結婚してからも実家からの荷物をあまり送ってもらっていません。(たぶん)
就職してからは特に
親から独立して
なんでも一人で頑張って行くんだ
だから仕送りとか、食料を定期的に送ってもらうことがほとんどなかったのです。
たぶん、「送って〜」
と連絡すれば送ってもらえたと思うのですが、
「独立したからには親に迷惑はかけない」
などと、勝手に思い込んでいました。
学生の時は、アパートに一人暮らしさせてもらったし、授業料も払ってもらったから「これからは甘えられない」
とも思いました。
そう思うのは悪いことではないのですが、
「他人に迷惑をかけてはいけない」
「常に優等生(いい子)でいる」
という強い思い込みがあったので、
「お願いが苦手」
「どうやって甘えたらいいかわからない」
ようになっていたのです。
それは、身内であってもです。
可愛くない
親にとっては、
幾つになっても子どもは子ども
といいます。
もうちょっと
頼りない
甘えん坊で
ワガママ
な子どもの方が可愛いかったでしょうね。
なぜ、甘えられなくなったのか?
小学校に入学するまでは、わりと天真爛漫で、自分の意見(ワガママ)を言ってた子どもだったと記憶しています。
それが、学校という集団では
「やってはいけないこと」
「自分の意見(ワガママ)が許されない」
環境で、
いじめられたりしたことから、
自分の意見やアイデアがあっても、
どうせ
聞いてもらえない
から
「自分の意見を言うのはいけないこと」
「言われたことをやればいい」
と考え、感情もあまり出さなくなったように思うのです。
表情のない子
何を考えているかわからない子
お願い出来ず、なんでもやってしまう。
ほんとは
頼りたい
お願いしたい
甘えたい
のに出来なかった。
それが、
自分のことを認め
自分のことが好きになったら
自分の意見が言えるようになった。
お願いできるようになった。
よく笑うようになった。
思い切り笑えるようになった。
感情を表せるようになった。
まだまだ、ビビりになることはたまにあるけど、
そうしたら
毎日が
HAPPYで
楽しく
ご機嫌さん
になっていた。
やぎこのサービスメニュー