びっくりの『悪童日記』 | しろやぎくろやぎ、本を読む。

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シロヤギとクロヤギによる、徒然気まぐれ偏りぎみ読書日記

 シロヤギです。

 暑いですね。熱中病になりそうです。


 ずいぶん前に古本屋で入手してずっと放ったらかしにしていた本を読みました。

 アゴタ・クリストフの『悪童日記』です。

 アゴタ・クリストフはハンガリー生まれの作家で、1956年のハンガリー動乱の際に亡命にしてきたそうです。『悪童日記』は彼女の処女小説。フランス語で書かれました。

内容:
戦争が激しくなり、双子の「ぼくら」は<大きな町>から疎開し、<小さな町>に住む祖母の家に預けられることになった。この祖母はたいへんな吝嗇で不潔、近隣の人からは「魔女」と呼ばれていた。両親から遠く離れた所、誰も助けてくれない境遇の中、「ぼくら」は独習し、また様々の「鍛錬」を課して、生き抜く智恵と力を身につけようとする。


 かなりびっくりしました。
 びっくりですよ。こんな本があるんだなって思いました。
 長々と積んでおかずにもっと早く読んでおけばよかった。

 上の「内容」が何も言っていないのはいつもどおりなのですが(申し訳ない)、とにかく「偏屈なおばあちゃん」と「無邪気なぼくら」が最後にはホロリとなるような家族になる、という話ではありません。

 これは題名が『悪童日記』とありますとおり、日記形式です。
 固有名詞は出てきません。どこの町のことなのかわからないし、「ぼくら」の名前もわからない。
 だから、「ぼくら」のうちどちらが書いているのか話しているのかもわからないのです。

 ともかく、「ぼくら」はその日見たこと、聞いたことを書き連ねていくのですが、それについての感想は書かれません。それは彼らが「真実のみを書く」と決めているからで、感情にかかわる表現は、漠然としていてあいまいだ、という理由で排除されています。

 だから、「かわいそうだった」とか「腹が立った」とかそういう記述は一切なく、いきなり行動に出ているように見える。
 逆に言うと、ある事件に対する彼らの感情は、その事件に対する彼らの行動から判断しなければならないわけです。判断しなければならない、というか「ここには彼らの感情がある」とわかるんです。

 これ、けっこうすごいです。
 すごいと思いました。

 この双子は機械のように行動しているわけではない。やっていることはめちゃくちゃだけれど、やっぱりどこか子どもらしい。
 彼らは戦時中のありのままの風景を、なんの躊躇もぼかしもなく語り、この語り方は定点カメラのようなのですが、日記には書かれていない彼らの考えや感情があるんです。
 おばあちゃんに対しても、ある種の「愛」がある(気がする)し、おばあちゃんのほうからも「ぼくら」へのなにがしかの感情がある(気がする)。

 題名の『悪童日記』から、最初はかなりかわいらしいものを想像していました。イタズラが書かれているのかな…と思っていたのです。それはまったくの誤りでした。
 ちなみに、現代は『Le Grand cahier』。大きなノート、という意味で、それだけです。
(本文中では<大きな帳面>と訳されていました。)

 題の邦訳は「上手だな」と思います。だって、「大きな帳面」じゃあ誰も手に取りませんから。
 でも、「ぼくら」が悪い子たちかというと、これは…どうなのでしょうね。
 そこまで考えさせてくれる題だから、逆にいいのかも(笑)

『悪童日記』は意外な結末を迎えますが、ちゃんと続きがあり、『ふたりの証拠』『第三の嘘』の三部作になっています。続きも読んでみたいような、苦しいような…。

 小学生には少々早いかと思います。文体はあっさりしているとはいえ、平易なわけではないし、内容的にもかなり刺激的なところもあります。

 また、歴史的なことは何もわからなくても「お話」として読めると思いますが(ストーリーテリングの点でも上手だし、面白くてハラハラしてついつい読んでしまう)、著者の生国ハンガリーの事情がわかると、もっとよく理解できるのでしょう。
 私は現代史に暗く、よくわかりませんでした。勉強しよう……。

 あ、あとがきにありましたが、アゴタ・クリストフは本名なのだそうです。
 アガサ・クリスティーとはなんの関係もないんだって。

 悪童日記 (ハヤカワepi文庫)/アゴタ クリストフ
 

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