『生物と無生物のあいだ』は結局どこに… | しろやぎくろやぎ、本を読む。

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シロヤギとクロヤギによる、徒然気まぐれ偏りぎみ読書日記

シロヤギです。


『生物と無生物のあいだ』を読みました。
今売れているようですね。

まず、タイトルが上手だな、と思いました。
とてもシンプルだけれど、はっと興味を引くタイトルです。
新書ですし、手に取りやすい。

何が書いてあるかといいますと、「生物と無生物のあいだはここだよ!」ということよりも、遺伝子研究のなんたるかとか、DNAってなんだろうとか、そちらのほうが主だった気がします。
私はむしろ哲学的な内容を想像していましたので、ある意味期待は裏切られたわけですが、それでもとても興味深い内容でした。

私は生物で、犬も生物で、虫も生物で、プランクトンも生物なのですが、菌になってくるとどちらかわからなくなってくるのだそうです。
自己複製はできるのだけれど、養分の摂取もしないしだから排泄もない。構造自体も鉱物のような無機的なものなのだそうです。

DNAの二重螺旋は、ワトソンとクリックが見つけましたって学校で習いますよね。
でも、彼らがいきなり発見したわけではなく、脚光を浴びることのなかった多くの研究者たちの成果の上に乗っかっているものなんだなぁ…と改めて思いました。

いちばん印象に残ったのは、生物の体は絶えず流動している、ということです。
一瞬前の私と今の私は、まったく同じではないのだそうです。

そんなのあたりまえじゃん。

って思うでしょう?
でも、そんなふうに考えるときは、生物としての自分というよりも、時間の中にいる「人間」を思い描いていませんか。
実際のところは、たんぱく質のレベルでも一瞬前と後の私では違うんだってさ。
いや、それもあたりまえかもしれませんが、要するに、「私は粒々の集まりです」とか「細胞が日夜分裂しているカタマリが私です」なんて日常生活であんまり考えないでしょ。

生き物っていうのは、秩序が保たれている平衡状態のことなんだって(言ってたような気がする。すでに曖昧。)

なんというか、結局「生物と無生物のあいだ」がどこにあるのかよくわからないまま終わりましたが、門外漢の私でも(だからこそ?)面白く読めました。
専門にしてる方からすれば、新しいことはないかもしれない。
クロヤギさんも、あんまり学ぶところはないかもしれないなぁ。

文体は硬すぎないし、血が通っているかんじ。
エッセイに近いかもしれませんね。

生物と無生物のあいだ (講談社現代新書 1891)/福岡 伸一
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