私が小学生時代はまだ昭和でした。
基本的に好奇心はあり、勉強は好きだが宿題はしない変わった子でした。
テストは100点取りますが、授業態度が悪いので成績がひくい。そんな状況でした。
全然勉強しない私を見かねて、送迎があり自転車でも通える、地元の塾、いわゆる宿題塾に入りました。
私は、先生の質問には答えますが、あまりじっとしていられないし、先生の話に横槍を入れるし、宿題はやってこないしで、塾の成績もやっぱりオールCでした。
私が「ABCDEまであるからまだ真ん中だね」というと父が「バカ!こういう成績表でCってのは学校のオール1と同じなんだ」と言ってたのを覚えています。
しかし、ここで話が大きく変わりました。
当時はまだ偏差値重視の時代。その塾でも小学校5年生から塾内テストをして順位を貼り出し、モチベーションを上げるというスタイルをとっていました。ので、私もクラス分けテストを受けることになりました。宿題できないけどテストが好きなので張り切って取り組んだら
その塾で学年1位になりました。
今思うと、街には大手塾があるため、いわゆるお受験組はいなかったからなのですが、それでも私の状況はそこから大きく変わりました。
まず、授業態度も提出物も以前と全く変わらないのに、成績表が「授業態度」も含めてオールAになりました。
私も子供心に「これはやってんな」と思いました。
この時期に私は「世の中結果が全て」と思うようになりました(今は違います)。
そして私は、(たぶん気をよくしたのでしょう)その私塾に通い、割と楽しく受験に臨むようになりました。
しかし問題がありました。その塾から、県内1番の私立中高一貫校に入学した子は一人もいなかったのです。
だから(今思えば)受験に対する教材も、教育体制も十分ではありませんでした。
そもそも鶴亀算を誰も教えてくれませんでしたので、毎回自分で図を書いて解いていました。
模試の成績もD判定ぐらい。
自分も周囲も「行けたらいいな」という気持ちで受験したところ、
合格しました。手応えも良くなかったので、運が良かったのでしょう。
私はその塾で初めて、私立一番中高一貫校に合格した生徒になりました。
さらに、塾のなかまとの関わりも気に入っていたのでしょう。結局高校卒業まで、その塾に通いました。
ここから読者の皆様にお勧めしたいのは
今どきこんなことは絶対するなということです。
博打が過ぎる。
両親は全く私の進路については放任主義だったので、こうなったわけですが、
私が今の時代にこの方針で育てられていたら、医者にはなれなかったでしょう。
ただ、私にはとても合っている作戦だったと思います。
大手私塾に行っている子は羨ましいなと思ったことはいくつかあり
①ちゃんと鶴亀算などの受験向けの教育を受けている
②ちゃんと中学校入学前に予習ができている
③すでに受験時代の仲間がいる
中学校に入ってから、これらがとても羨ましく思いましたので、ミドリが中学受験をすると言い出したら、絶対地域一番大手塾に通わせようと決めていました。