⓪からの続き


そんなわけで、私は共働き両親の家庭で「放任主義」という教育方針のもとに育ち、

1浪経て地方国立大学医学部へ進学

地元に帰り医師になり

結婚し30前で娘が生まれたわけです。


嬉しい。


と同時に、責任感が芽生えました。

今まで、妻以外にあまり人と深く関わったことがほとんどなかった(妻も出会って1年半で結婚)ため、

これから長年にわたりミドリの父になるということが、とてもリアルに重いことだと実感できました。


そこで本を読みました。

本を読むのは特技です。


よかった本は2冊

①子どもの心のコーチング

②女の子を伸ばす母親はここが違う


です。


①子どもの心のコーチングで良かったのはコーチングの基本的な考え方がわかったことと、

「子どもに幸せになってほしいなら、まずは親が幸せにならないといけない」

というところでした。

そうだよなと、思いました。私が幸せに生きる大人になれば、ミドリには自分がお手本として、幸せに生きる姿を見せて見習って貰えば、それで教育ができるわけです。逆に、自分が幸せでもないのに「自分のようになるな」みたいな教え方で子どもを導くなんて到底無理な話だと、当たり前なんですけど、その本を見て腑に落ちました。


②女の子を伸ばす母親はここが違うで学びになったのは、

「男の子と女の子では育て方が違う」

ということです。ジェンダーレスの時代に逆行するような事を言ってすいません。しかし、とても腑に落ちました。

男の子は、私自身もそうでしたが「本人の気が済むように生きさせるしかない」というのが真実だと思います。親が枠に嵌めようとすればするほど、それに反発したい気持ちや恨みが大きくなるだけで、いい方向には向きません。男の子の衝動や欲求が、なるべく正しい方向に向くように祈りながら、基本的にはほっとくしかないと思っています。子どもの頃、気が済むまで外で遊ぶ。学校に行ったら思い切り部活をさせる。気が済むまで部活を頑張った子は、そのまま受験期に勉強に打ち込んで、大学も結構いいところに行ける。そんなことが、男の子では起こります。

それに対して女の子は「習慣付きやすい」というのが特徴だと書かれていました。言われてみれば、さっき書いたような「気が済むまでやりたい事をやって、ある日突然勉強に打ち込んで勉強が得意になる」という女の子は、少ないように感じました。


そこで、私は作戦を立てました。


まず私自身が幸せになる。

そして、幸せな生活を続けるための習慣を身につける。

それが育児をする上での、私の行動の柱になりました。