松山市住宅情報館 館長日記 「北方領土の日」

 

  今日は北方領土の日だ。北方領土が日本に戻ることは無い。たとえプーチンが倒れてもロシアの民族性からして返還されることは無いと思う。ウクライナ戦争でロシアという国の国民性がよく分かった。ロシア人は力が正義なのだ。国土拡大は国是であり歓迎なのだ。国境線は弱みを見せた時、油断をした時、軍事力を持って侵略されるものなのだ。領土を取り戻すには軍事力によって取り戻すしかない。即ち、日本軍が北方領土に軍事侵攻してロシアに勝利するしかないのだ。そうすればイスラエルとハマスの戦争と同じ泥沼化状況になる。

 

 今後将来、戦争を回避するには北方領土奪還は諦め放棄するしかないと思う。でなければイスラエルのようになる。平和ボケした現在の日本を見ていると今後尖閣諸島も同じような状況が起こる。同じ轍を踏まない為にも、国土は軍事力で守るしかないのだ。そういう意味で「北方領土の日」の名称を「侵略阻止を考える日」に改名すべきだ。あれから78年、口先だけの記念日なんて、観光地じゃあるまいし国民に訴えるものはない。

 

 以下、史実を述べる。1855年2月7日(旧暦では安政元年12月21日)、伊豆の下田において日ロ通好条約が調印された。この条約により日ロ両国の国境が択捉島とウルップ島の間に平和裏に定められ、北方四島が日本の領土として初めて国際的にも明確になった。それ以降も、択捉島、国後島、色丹島及び歯舞群島からなる北方四島は、一度も他国の領土となったことがない日本固有の領土となった。

 

 しかし、第二次大戦末期の1945年8月9日、ソ連は日ソ中立条約があるにもかかわらず対日参戦を表明した。日本はポツダム宣言を受諾し、8月15日降伏の意志を明確に表明した。日本軍が敗北を認め武器を置いたことを見極めて、同年8月28日から同年9月5日までの間に、ロシアは北方四島のすべてを占領したのだ。さらに無抵抗の日本兵をシベリアに拉致して地獄の強制労働をさせたのだ。非業の戦死者続出した。ポツダム宣言提案当事者のロシアは卑怯にも無血占拠をしたのです。ロシア政府はこの邪知狡猾(じゃちこうかつ)な行為を正当行為と言うのです。ロシアの一般国民はこの現実を知っているのだろうか。1945年以来、今日に至るまでソ連・ロシアによる不法占拠が続いているのです。(内閣ホームページより抜粋)