松山市住宅情報館 館長日記 「中秋の名月」

 

 今日21日は旧暦の8月15日、中秋の名月と言われている日だ。曇り空で今夜の名月は見えない覚悟だった。市内の妻の友人から「お月さんが見えてるよ。きれいよ。」と声がかかって妻と天文観測となった。月に叢雲(むらくも)花に風。良いことは兎角じゃまが入る例えのように、雲の間から見る満月だった。雲間から見える月もまた良い。神秘的と言うか幻想的と言うか128億光年の宇宙に居るような雰囲気だ。時間が経つのも忘れてしまう。

   

名月や恥ずかしがって蚊帳の中、団子につられて顔を出す。(秀生の一句お粗末!)

   

松山市住宅情報館 館長日記 「快適な季節」

 

 日暮れが随分早くなってきた。秋分の日が近づいてきた。21度で快晴、爽やかな朝だ。この時期の西堀端と県庁前の彼岸花で気付くことがある。花芽から開花迄がとても早いことだ。野菜の成長も早い。同時に発芽したネギ苗は大根葉の日陰で全滅した。植物もバトルだ。自然は冷酷だ。他を押しのけて育っていく姿は頼もしい。人間も植物も育っていく姿は見ていて楽しい。

   

 

   

松山市住宅情報館 館長日記 「高齢者みんなで渡れば怖くない」

 

 今日は敬老の日、高齢者が多くて、市井には高齢者を祝う雰囲気はない。何処へ行っても年寄りばかりだ。年寄りを敬老するより子供に感謝する時代である。年寄りが多すぎて、敬老どころか逆に若い人にうざったがられる時代だ。日本は65歳以上が3640万人になった。100歳以上も8万6500人もいる。政府は70歳まで働ける環境にし、75歳からの年金受給を検討すると言う。

 

 年寄りは多い。「数は力なり。赤信号みんなで渡れば怖くない。」70歳でも90歳でも先輩が逝かずに頑張れば、「まだ、やれる!」若い年寄りの励みになる。みんなで歳を取れば怖くないのだ。死の不安が薄まる。先輩年寄りの皆さん!あなた達は仲間の安心だ。仲間の希望だ。今度はダメかと思っていたら元気になって病院から戻って来た。何度でも生還!それで良いのだ。嫌われても嫌がられても、しぶとく、何時までも長生きして頑張ってほしい。

松山市住宅情報館 館長日記 「死者を弔う彼岸花」

 

 彼岸花が咲き始めた。23日がお彼岸の中日だから今年の開花は早まっている。9月14日、兄(78歳)が亡くなった。兄の死を悼むかのように彼岸花が一斉に咲き始めた。兄とはコロナウイルス感染による面会謝絶によって、死に目に逢えず逝ってしまった。兄は平成27年、父が亡くなって以降、持病の肺気腫が悪化していった。兄の死は肺気腫の苦しさからの解放と言える。穏やかな死顔に安堵する。タクシー会社を経営している実家では、見舞・通夜・葬儀・法事中も、商売は続いている。商売をしている家族(遺族)は悲しみに浸る間もなく日常に戻っている。後輩や知人の葬儀が重なり、私自身、人の死が日常になっている。明日は我が身となる。私自身、葬儀の当事者になることを受け入れている。

 

 火葬窯に入る時の体重は、水蒸気とガスになって、天に上り、わずか100gのカルシウムになって出てくる。人は地球上で生じ地球上で消滅する。人類の消滅は1万年どころか100年先が危ない。1億年後には温室効果でほとんどの哺乳類が死滅する。そこにもう子孫は居ない。死者の意思もない。10億年後の地球は膨張し地球から海が消える。灼熱の死の地球が何十億年も続く。約50億年後に地球は太陽と道連れ爆発して宇宙の塵ガスとなる。その後、止まった時間は100年・1000年、万年・億年、何十億年と続く。もしかして100億年後の原始地球が現れるかもしれない。そこにあるのは宇宙の意思だけである。

 

 お尚のお経から色即是空・空即是色、不生不滅・不垢不浄、不増不減などの音色が耳に入る。この世のあらゆるものには実態がない。つまり本来は視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚、心といったものは存在しないのだ。だから物事に執着したり、ひとつの価値観に捉われてしまう必要はない。そこには神も仏も存在しない。宗教戦争なんて無意味となる。そこに有るのは宇宙の意思(天文学・物理学)のみとなる。

 

 人生50年、下天の内をくらぶれば夢幻の如くなり(敦盛→信長)。 露と落ち 露と消えにし 吾が身かな 浪花の事も 夢のまた夢(秀吉)。 散る桜残る桜も散る桜(良寛)。 年年歳歳花相似たり歳歳年年人同じからず(漢詩)。 ゆく河の流れは絶えずして、しかも、元の水にあらず。淀みに浮かぶうたかたは、かつ消えかつ結びて、久しく留まりたるためしなし。世の中にある人と住みかと又かくのごとし(方丈記)。

 

 祇園精舍の鐘の声、諸行無常の響きあり。娑羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらはす。奢れる人も久しからず、只、春の夜の夢のごとし。猛き者も遂には滅びぬ、命の火を灯す蝋燭は日々短くなって行く。ひとえに風の前の塵に同じ(平家物語)。命とは確かに風前の灯火かもしれない。

 

  先人の無常の嘆き(辞世の句)が理解できる年齢となった。人生100年なんて瞬きの時間だ。とにかく我々は、しっかりサプリを飲んで、残された時間を後悔しないように生きるしかないのだ。

  

 

松山市住宅情報館 館長日記 「家具付き賃貸マンション」

 

 リノベーションを楽しんでいる。今日、最終家具が搬入された。新築後25年経過した賃貸マンションをリノベーションしている。目的は見学者を仰天させることにある。スタッフと私の老後の道楽だ。中古物件の先入観をぶち壊し、想定外の刷新で若者を驚嘆させることが出来れば大成功だ。限られた寸法内で「ああでもない。こうでもない。年寄りを舐めるなよ!」議論が楽しい。本来、リホームとは新築時のように回復改修することである。リノベーションとは最新機能を取り入れ、新装仕様でバージョンアップすることである。

 

 リノベーションのコンセプトは賃貸物件のハイグレード化である。まず、インターネットのバージョンアップと無線ランである。分譲マンション並みの収納容量である。ウッドブラインド・セミダブルベッド・デスク&チエァ・テレビ台付きテレビ・システムキッチン・冷蔵庫・洗濯機・レンジ・炊飯器・ケトル・掃除機、床および壁や天井は新装している。賃貸物件して貸し出すのが勿体ないので当分の間は、モデルルームとして見学者と楽しむことにする。老化は建物も人間も同じだ。アンチエイジングも同じである。認知症によって私もスタッフも費用対効果(支払額計算)が判断できなくなっているのが問題だ。

   

ベッドの上はハンガーポールとハンガーフック、引き出し付きベッド、天吊り収納・鏡付きクローゼット、クローゼッインクローゼット(秘密)の収納がある。

   

ユーチューブでのネットフリックスが楽しめる32インチTV、中抜き棚がある大型下足入れ。

   

松山市中心部にあって、月額家賃75,000円程度を考えている。

松山市住宅情報館 館長日記 「柿の種も生存競争」

 

 実りの秋を迎えた。梨にブドウにミカンにリンゴ、路地ものの柿が出始めた。品種改良で美味しさは私たちの子供時代とは雲泥の違いだ。おいしい果実は人間の品種改良の成果である。果樹が種子から成木となり老木になって天寿を全うするまでの成長の過程、そして滅び行く過程は人生と同じである。

 

 地に落ちた柿の種は新芽を出して天を目指す。双葉になった時、仲間の上に葉を伸ばして周囲の仲間を枯らしてしまう。枯らした兄弟は生き残った柿の成長の肥料となる。その後も他の樹木と戦って成長していく。競争に負け枯れた樹木は更に誰かの成長の肥料となり、美味しい果実の甘みとなる。われわれは何気なく柿を食している。過酷で冷酷な生存競争に生き残った者(柿)が、果実として社会に役立ち、立派な子孫(種)を残していく。

 

 台風シーズンになった。毎年災害がやってくる。地震があり津波が来る。新型コロナウイルスも収まらない。私たちは総ての災難・苦労を政治が悪い、会社が悪いと他人の責任にしてしまう。雪原とトナカイだけの過酷な北極圏で生きるエスキモーがいる。植物が育たない砂漠や高地で山羊と生活している人が居る。生き残るために人と家畜はエサを求めて何千キロも移動する遊牧民もいる。子供は親を選べない。生まれる場所も選べない。暮らしや文化などの生活環境の違いはどうすることもできない。

 

 家族間だって不平等はある。たとえ兄弟姉妹であっても長身と短身、頑健と病弱、美人と不美人がある。気丈な子・気弱な子、頭脳明晰な子と凡庸な子、頑張る子・頑張れない子がいる。違いが格差の元になる。人間が動物である限り、所得の格差や地位の格差を否定することは出来ない。格差が個性でもある。個性は認めろと言う。格差社会は認めないと言う。勝ち残った者・強い者が弱者を助けるのが政治である。

 

 平等は素晴らしいことだが、人間が人間である限り、弱肉強食(不平等)を全否定することは出来ない。生存競争を放置すれば格差が広がる。平等を徹底すれば国家は弱体化してしまう。自由と平等はバランスが問題となる。大事なことは人に頼らず自分の身は自分で守る意思が必要だ。災害もウイルスも柿の種の生き残りと同じである。災害もウイルスも生存の篩(ふるい=選別)である。これは神の意思だと思う。自然の摂理だと思う。不平不満を言う前に、我々は生き残る為に篩から落されぬ努力をしなければならない。

   

 

 

 

松山市住宅情報館 館長日記 「40日大根」

 

 8月29日に蒔いた種だ。時無し大根と40日大根の2種類を蒔いた。発芽日は同時だったが、成長の度合いが違う。40日大根の成長は目まぐるしい。早く育って早く収穫できるという事は早く終わるという事、死に急ぎ・短命という事だ。もっと成長の早い20日大根(ラデッシュ)もある。人はより早く、より大きく、促成栽培を選ぶ傾向になる。職場でも、上司も部下もそのような傾向にあるのではないだろうか。生活の基本・仕事の基本、考え方をしっかり学んで、将来の為にしっかり根を張る時期を持つべきだと思う。しっかりした根があって枝が張る。私のような根っこのない年寄りはせっかちになってしまう。若者の先は長い。野菜を眺めながら大器晩成と言う言葉を思い出した。

  

下は1週間前の姿です。同時に発芽している。

  

松山市住宅情報館 館長日記 「忖度とは洞察力」

 

 最近、忖度と言う言葉をよく聞く。素晴らしい言葉であり、素晴らしい行為だと思う。本当に忖度が出来れば人生に怖いものがなくなる。どんな世界に籍を置いてもとんとん拍子の出世となる。政治家が使う忖度は、中途半端な、失敗した忖度が多い。私に言わせれば問題を起こすような忖度は忖度ではない。相手の要望に応えてもその忖度は、こびへつらいに過ぎない。忖度の問題点まで忖度しなければならないという事だ。忖度には前後左右、過去・現在・未来に至るまで見抜くような木下藤吉郎のような洞察力が不可欠という事だ。

 

  下手な動きで仕事が頓挫する話をよく聞く。「よかろ」と忖度した行動の失敗がある。忖度のつもりの失敗は本人にとっても会社にとっても大きな損失になる。なぜ失敗するのか。それは相手に対して自分の立場で考え、自分の考えで行動するからだ。忖度する相手と自分の関係だけで動けば、大きな問題を起こす。関係するステークホルダーの心(立場)を見抜くことが出来ていない。前後左右、過去・現在・未来に至るまで見抜く洞察力を持って忖度しなければならないという事だ。

 

  忖度と言う言葉が国会で使われるようになって悪い意味で解釈されることが多くなっている。私は逆だと思っている。人間として必要な行為であるからだ。相手を喜ばせる忖度とは「やさしい心」から出てくる気配り・心配り、おもてなしの心だと思っている。中国では「やさしい」という言葉自体が存在しないと言う。中国の生活では勝つか負けるか2つしかない。決して負けを認めない。中国語にやさしさの忖度や惻隠の情はない。自分が常に正しくて相手は常に間違っている。これでは交渉にならず、折り合いは付かない。日本でも忖度の出来る営業マンが少なくなってきている。仕事が営業でなく作業になっている。営業(交渉)とは忖度が支配する世界だと思っている。営業の極意は忖度である。

 「火球から学ぶ天文学」

 

 今年、3月19日夜10時ころイギリス上空で火球が見られた。昼間のような明るさで住民たちが騒然となった。しかも燃え尽きない破片(石炭のような小石)が見つかったと言う。専門家は1キログラム程度の隕石の落下だと言う。空気摩擦で発火して昼間の明るさとなった。更に7月26日未明、ノルウエー上空でも巨大な火球が輝いた。昼間のような明るさと轟音が鳴り響いた。隕石の大きさは数百Kgの可能性があったのではないかと言われているが、地上には一部の断片が落下しただけだった。

 

 日本でも19日のPM10頃、関東から近畿にかけて火球が目撃されている。日本各地でも最近よく火球が見られている。火球ともなれば何かの前触れか不吉な恐れを伴う。そもそも火球とは流れ星の大きい物を言う。我々が子供の頃からおなじみの流れ星はコーヒー豆程度の大きさのものだそうだ。大きい物でも1円玉程度だと言う。

 

 流れ星も火球も宇宙に漂う小惑星や隕石の欠片の落下である。地球上へは昼夜を問わずこのような宇宙の塵(豆粒)が流れ星として落下している。中には地球にクレーターを残すほど大きい隕石もある。6600万年前に直径10Kmの巨大な隕石が現在のメキシコに落下し、地球上の主役だった恐竜を絶滅させた。その他の生命も75%が死滅した。25%の中に人類の先祖が生き残っていたわけだ。

 

 論文では、秒速19Kmの速さで隕石が地球に衝突し、海底に直径約160キロメートルの穴を開け、硫黄を含んだ二酸化炭素が噴出し、少なくとも3250億トンの硫黄が大気中に放出され、その後、何十年にもわたって太陽光を遮った。心配ないことを心配することを杞憂と言うが、杞憂が天文学的には現実にあったのだ。天文学を学べば生きて居ること自体が怖いことになる。

 

 今6600万年前と同じことが今起これば、人類を含むほとんどの哺乳類は死滅する。地球上で同じ再生の進化があるとしても猿人・類人猿・ホモサピエンスになるのに6600万年掛かることになる。文明人になって1万年、人間に与えられた時間は長くて100年だ。貴重な命だが宇宙歴で見れば流れ星のような一瞬の時間である。親が倒れ、兄弟が倒れ、友人が倒れ、去っていく。ここ最近、嫌な報告が続く。直径10Kmの巨大な隕石が1年後に地球に衝突するかもしれない。来月かも知れない。いや明日かもしれない。

   

松山市住宅情報館 館長日記 「9.11」

 

 今年も9.11がやって来た。あれから20年、2001年の今日、テロリストたちによるアメリカ同時多発テロがあった日だ。テロ攻撃は旅客機4機のハイジャックによって行われた。多くのサウジアラビア出身のテロリストたちによって行われた。異教徒のサウジ占有(石油・基地)は許せないというウサマ・ビンラディンが指導したと言われている。ソ連(ロシア)のアフガニスタン侵攻(1978-1989)に対抗して、アメリカがイスラム(サウジ)と手を組んだことから始まる。異教徒であるアメリカ軍のイスラム関与に対して、強硬派のアルカイダは反発し、米国はジハード(自己犠牲の戦い)の対象となった。テロリストたちの閉塞感の爆発が同時テロの引き金となったわけだ。

 

◆午前8時46分、乗客81名を乗せたアメリカン航空11便はハイジャックされワールド・トレードセンター・ツインタワー北棟(110階建)に突入し爆発炎上した。

◆午前9時03分、乗客56名を乗せたユナイテッド航空175便はハイジャックされツインタワー南棟(110階建)に突入し爆発炎上した。

◆午前9時38分乗客58名を乗せたアメリカン航空77便はバージニア州アーリントンあるアメリカ国防総省本庁舎(ペンタゴン)に激突し、爆発炎上した。

◆午前10時03分、乗客33名を乗せたユナイテッド航空93便はハイジャックされ、ピッツバーグ郊外に墜落した。機体の残骸はほとんど原形を留めていなかった。

 

 この事件によってテロリストたちの温床となったアフガニスタンへの攻撃(20年に及ぶアフガン戦争)が開始された。怒りの復讐戦争となった。この20年間の戦闘で米兵は2500人が戦死し、2万人が負傷した。米国はテロへの報復戦争によって敵兵30万人・民間人37万人を殺害したという報告もある。数字を見ればアメリカこそ最大のテロリストだとも言える。アメリカを本気に怒らせたら怖いという事だ。満20年となる9.11の前(8月末)、アメリカ軍はアフガニスタンからの撤退を完了して戦争のない3.11の日を迎えた。

 

 攻撃されたツインタワー跡地には、2015年に全米で一番高い超高層ビルとなるワン・ワールド・トレード・センター(541m104階24万㎡)が建設された。以前の建物に増して凄い建物となって復活した。非道な悲劇を悲劇のままに終わらせないのがアメリカだ。やられたらやり返す。倍返しだ。更なる犠牲があっても復讐をする。日本にはない強さだ。テロリストに代償を払わせる決意とテロに屈しない決意として、このシンボルタワーの建設となった。アメリカと言う国の決意は国家としての決意である。国家民衆の意思は独裁者国家では出来ない強さがある。

 

 私にも9.11がある。3.11もある。それは2014年3.11から9.11までの6か月にわたる国税局査察部(マル査)の厳しい査察である。本来の3.11はテロ事件から10年後の東日本大震災の日である。私の震災は国税局査察部(マル査)による激震である。青天の霹靂だった。私にとってはテロリストによる襲撃・大震災の被災者のようなストレスの日々となった。長かった査察は9月11日(9.11)に疑惑が晴れ、禊(みそぎ)が無事に終わった。健全経営が証明された同年11月25日M&A調印、翌年1月4日M&A決済へと続くのである。想定外のコロナウイルスのように、事件や事故、天災や人災、人間には次々と試練が与えられる。破壊(苦難)と復興の日々の中で歴史は刻まれていく。