禍福人生 奮闘日記 『396回、松温会(昼食会)スピーチ』

 

昨日12時から松山大学OB会例会が三越8階でおこなわれた。昭和55年頃だろうか柔道部OB会初代会長であった故藤井徳次郎先輩が始められた松温会(昼食会)である。藤井先輩の命令でもあり私は発足当時から出席している。そして今、396回を迎えている。私自身、柔道部の先輩を含めて大学先輩方の引き回しの中で育てて戴いた感がある。気が付けば自分が藤井先輩の年齢になっている。

 

秋川松温会会長より度々スピーチを依頼されていたが、現職でもありご辞退申し上げてきたが相談役になったことから、今回お断りの理由も立たず、僭越ながら登板させて戴いた。

 

この年になって気付いたことだが、我が母校の建学理念である三実主義が世界に通じる普遍的成功哲学であることを話させて戴いた。次に連帯保証人が債務解消の為に不動産を売却する話と、相続税支払いの為に不動産を売却する話をさせて戴いた。心技体の心(精神)の重要性、私の経歴の中で何度もピンチに遭遇したこと、諦めなければ神風が吹いて生き残れること、マル査と言う税務調査の洗礼を受けたこと、気が付けば上場企業の端くれになっていたことなど取り留めもなく話してしまった。皆さんのお役にたてたかどうか疑わしい。乱暴な喋り方でもあり赤面の至りである。

 

 

 

 

禍福人生 奮闘日記 『国宝・迎賓館=赤坂離宮』

 

 日帰り出張のついでに国宝・迎賓館(赤坂離宮)を訪問した。平日は予約なしで入館できる。土日祭日はとても多くの観光客でごった返すと言う。場所は四谷に近い赤坂、徳川紀州藩の跡地の様だ。広大な敷地に立つ壮大で壮麗な建物、明治初頭の新生日本の国力を思い知る。世界から取り寄せた建材、当時の第一人者による設計と施工、工芸品と美術品の数々、何と言っても壁画がすごい。感想は言わない。、自分の目で確かめてほしい。次に建物を創る時の参考になると思う。

 

 

 

 

禍福人生 奮闘日記 『選抜社員の壮行会』

 

 昨夜、男女3名(関東2名と東北1名)の社員の壮行会がおこなわれた。彼らは分譲マンション販売のノウハウを身につける為の選抜隊である。清水新社長の決断である。今後は本社の支援を受けず自前で販売が出来るようにする為です。彼らの心強い挨拶を聞いてきっと成功すると確信した。私との長い付き合いもあることから相談役からも言うことで一言、花むけの言葉を送った。

 

 3名にとって「タカラレーベン西日本は実家の様なもの、遠く離れた西日本から見守っていること、実家の仲間も飛躍の為に頑張っている、辛い時は実家を思い出したほしい。」と話した。新しいことにチャレンジすることは辛いことだか、昨日と違う仕事をすることこそ、進化発展、自分の成長になっている。長い人生の中では「アノ経験はよかった」と、きっと言える時が来る。

 

 成功の手紙は苦難と言う封筒で届けられる。苦難と言う封筒を見て逃げる者がいる。封筒の中に宝物の目録が入っているのに封を開けずに捨てる者がいる。行く者、残る者、共通して言えることだが、ピンチはチャンス、苦難が迫った時に「来た来たチャンス」と思える者だけが成功を手にすることができる。

 

禍福人生 奮闘日記 『防衛力は抑止力、リーダーのあるべき姿』

つづき

古今東西、子供のころのガキ大将は身体がでかい事が条件ではなかった。ガキ大将に真面目な子供は居なかった。ましてや勉強のできる子でもなかった。共通点は喧嘩が強いこと、ガキ大将はアウトローの子供が多かった。ガラスを割ったりノコギリを振り上げたり、体は小さくても何をしでかすか分からない無法者の子供が恐れられた。叩かれて泣かされても掛かってくる、もっと酷い目に合わせても怯(ひる)まず掛かってくる。上級生だって何処までも何処までも泣きながら棒を振り上げて追っかけて来る子は嫌なものだ。上級生だって命知らずの1年生には閉口したものだ。温厚で理性的な人は軽んじられる。直感的に何をしでかすか分からない人は恐れられる。強いリーダーになるヒントがここに隠されている。

 

今、中国では習近平国家主席が権力闘争で勝利し、ウイグル自治区など反政府組織や政府に批判的な個人を弾圧し拘束している。習近平政権は政敵の排除に腐心している。アメリカのトランプさんも、アメリカファーストの理念の元で、次々と大統領令に署名している。独断の影響など関知しないと言う強さがある。米中貿易摩擦から始まった米中の対立、中国だって威信をかけて反抗している。世界の首脳はトランプ大統領の独断的な決定に翻弄されている。トランプさんは戦争開始の決断だってやりそうな人である。まさに何をしでかすか分からないアウトローである。たった一人の大統領の決断によってアメリカ国内はもとより世界中が振り回されている。凄いことだが何か間違っている。

 

  一匹の狼に率いられた羊の群れは、一匹の羊に率いられた狼の群れに勝利する。リーダ次第で羊の群れが狼の群れに勝つと言うのである。恐い親分のいる集団とはもめ事を起こしたくないアレである。リーダーの強さが如何に大事かと言うことになる。日本の歴史を振り返って見ても分かることだが、信長と秀吉と家康の3人で戦国時代を終わらせ太平の世を創った。3人とも話し合いで領土を拡大して行ったのではない。きっかけを創ったのが桶狭間で乾坤一擲の戦いに勝利した織田信長だった。天下布武のもと天上天下唯我独尊と言って無法者リーダーとして怖れられた。百姓の子倅から身を起こした木下藤吉郎(秀吉)は、信長の意志を継いで天下統一に成功したが、晩年、豊臣秀吉は万民を忘れ豊臣ファーストに走ってしまった。下剋上最後の戦いとなった関ヶ原において徳川家康が天下太平の道に決着をつけた。苦労人の家康には強さと優しさがあった。国家万民を思う優しさが300年の太平の世を創ったと思っている。支持されるリーダには強さと優しさの両面が不可欠だと思う。だが今の世界は優しさを忘れ、強さだけに走っているような気がしてならない。

 

禍福人生 奮闘日記 『防衛力は抑止力、戦わずして勝つ』

 

小泉純一郎元首相の野党支持の様な憲法発言が報道された。野党が憲法改正を認める訳がないのだから憲法改正を批判した発言となる。なぜ憲法改正なのかと言って欲しかった。「自民党をぶっ潰す」と言って国民の支持を得て郵政改革を行った人だ。相変わらずの過激発言である。現政権に自粛を与えるか奮起を与えるのか効果は分からない。今後、日本では憲法改正について本格的に議論されることになる。私は軍事力こそが抑止力だと思っている。孫子の兵法の「戦わずして勝つ=戦争をしない」為にこそ軍事力が大事だと思っている。軍事力が抑止力になるからである。抑止力とは①しっかりした軍事力を持つこと、次に②きちんと法整備して何時でも躊躇することなく戦える準備をしておくこと、③侵略行為があれば断固戦うことを相手に事前に通知しておくことである。

 

人間は動物である。サバンナの動物の群れを見ればわかる。子供の頃のガキ大将を思い出してほしい。群れを率いて仲間守るものはボスと言われるリーダーである。ボスの条件は①喧嘩が強いこと(軍事力)が絶対条件となる。②ボスは群れを挑発する無法者に対して前面に立って威嚇し断固戦う姿勢を見せておく必要がある。③もし縄張りに入った場合、徹底して痛い目に合わせる(見逃さない)事である。暗黙の国境(縄張り)ができ、痛い目にあった無法者は二度と越境をしなくなる。こうしてサバンナの群れの安全と秩序が保たれる。中途半端な憲法解釈では、いざと言う時に戦えない。

 

50年前1968年「プラハの春」と言われたチェコスロバキアの民主化運動は、突然のソ連軍の侵攻によって、抵抗した多くの市民が殺され、一気に鎮圧された。ソ連の侵攻を許した原因はチェコスロバキアが反撃出来ないこと(弱い国であること)を知っていたからだった。戦えない国であること(結束の欠如)を確認した上での侵攻だった。早い話がチェコスロバキアは軍事力で勝るソ連に舐められていたことに原因がある。近隣国から舐められている今の日本に似ている。大胆な決断をする(反撃戦争を起こす)かもしれない強いリーダーがいる国へは侵攻しにくい。土下座外交(懺悔外交)を行った民主党政権時代の近隣諸国からの挑発を思い返して欲しい。そういう意味で、安倍さんの一貫している毅然とした態度は凄いと思う。

 

「プラハの春」から更に20年後のポーランド、1989年叩き上げの労働者ワレサ委員長率いる労働組合「連帯」が民主化運動に成功した。そしてワレサ委員長が初代大統領になった。なぜソ連はワレサ氏のポーランドに侵攻しなかったのか。これは1991年のソ連崩壊の前夜である。落ち目のソ連にとって、もしロシアが侵攻してもワレサ氏によって徹底抗戦(反撃)されること(痛い目に合う)を知っていたからである。それは強靭な肉体と行動力をもった鉄の男・ワレサ大統領の決断が恐かったからである。ソ連から見て舐められたチェコスロバキアと恐れられたポーランドとの違いである。

 

  世界はパワーバランスの上に成り立っている。抑止力は軍事力(強さ)・法整備・事前通告で成り立っている。一日も早く世界の常識憲法(自国は自国で守る自主憲法)になるべきだと私は思っている。

 

禍福人生 奮闘日記 『癌治療ノーベル賞と元横綱輪島死去』

 

 第54代横綱輪島大士(70)が亡くなった。67歳の自分から見ても他人事ではない。喉頭がんの手術を受けて治療中だったと言う。昭和45年に学生横綱から角界入りし、一気に出世街道をかけ昇り昭和48年に横綱になっている。私達の年代が45年に松山大に入学した年だから、格闘技である柔道をしていた者にとっては、彼の活躍は私達の青春時代そのものだった。まさか、あの強かった輪島が死ぬなんて信じられない。死因は喉頭癌、数年前に手術を行い声を失っていたらしい。幾ら輝いた過去を持っていても死に至る「奥の細道」を歩むのは孤独で寂しく悲しいものだ。

 

知っている人の訃報を聞くたびに思うことがある。生きとし生ける者は皆いつか必ず幕引きの道を歩む。過去を飾る地位も名誉も鎧兜も持っていけない。人は皆裸に死んでいく。高齢にもかかわらず、公的ポストを私物化している人の優越的地位の乱用が日本中で問題になっている。「この世をば我が世とぞ思う望月の欠けたる事も 無しと思えば」と歌った藤原道長と同じ傲慢の極みである。地位や名誉にこだわって公的ポストに執着している人は老害そのものだ。老害の共通点は頑固で自己中になる。反省の心が無くなるから始末に負えない。盛者必滅会者定離(禍福終始)を知って心穏やかな幕引きをしたいものだ。

 

  折しも癌免疫治療薬に道を拓いたとして日本の本庶氏(76)がノーベル賞に決まったと報道された矢先だった。今まで癌治療は①摘出治療②抗がん剤治療③放射線治療の3方法だった。本庶氏は第4の方法として自分の免疫力で癌をやっつける癌免疫療法を開発した。もうすでにオプジーボと言う名称で発売され成果を出しているようだ。同様の仕組みを利用した新薬が次々に開発されている。しかもその治療対象部位が拡大されているという。癌は治る病気と言う概念が目の前まで来ている。輪島さんだってもう少し頑張ったら克服できたかもしれないと思うと残念だ。散る桜、残る桜も散る桜。輪島大士さんのご冥福を祈る。

 

禍福人生 奮闘日記 『松山市一番町再開発』

 

一番町一町目と歩行町一町目(現国際ホテル周辺0.7ヘクタール=7000㎡)において、ホテル併用タワーマンションの計画が発表された。2018年年度中の都市計画決定を目指し、20年着工24年完成を目指すと言う。規模は高さ99m、延べ床面積3万9500㎡、ホテルが約150室、マンションが約200室計画されている。1Fには観光客用マルシェとイートインを計画していると言う。マルシェが良い。とても良い計画だと思う。

 

松山市の既存の最高層建物は当社のレーベン一番町を含めて60mが最高の高さである。せっかくなら133mの高さにしてほしかった。四国で一番高いビルが宇多津の展望タワー158m、高松市のシンボルタワー131mであるからだ。香川県では100m以上が3棟ある。高さは観光資源になる。群馬県では群馬県庁最上階(前橋市)と高崎市役所最上階が飲食街となり、予約が取れない程の観光スポットとなっている。高層ビルと言う観光資源は造ると言う発想だ。四国一番の人口と経済圏を持ち、路線価は徳島市・高松市の2倍の評価となっている松山市である。松山市担当部署はそのあたりを指導して欲しかった。

 

 取り残されているのがJR松山駅と松山駅周辺の再開発である。いまや頓挫状態にある。国体(2017年)までの整備すると約束していたものが止まっている。JR松山駅は愛媛県(松山市)の顔である。松山出身者が松山に帰省する為、ワクワク心を抱いて松山駅のホームに降りた途端、旧態依然とした姿を見て「悲しくなる」と言っていたのが耳に残る。確かに四国4県で取り残されたのがJR松山駅である。再開発は順番でしなくてよいと思う。きちんとした収支の企画あれば良いのだ。一日も早い整備を期待する。

 

禍福人生 奮闘日記 『松山まつり』

 

3日間に渡った松山祭りも今日で最終日となった。朝から堀之内公園広場が騒がしいのでパトロールルートを変え中に入ってみた。午前6時だと言うのに照明灯をつけて神輿のぶつけ合いをしている。喧嘩神輿のぶつけ合い本番だった。「もってこい!もってこい!」どうも「かかって来やがれ!」の意味らしい。何とも品の無い祭りだが日々閉塞感のある者にとっては、この喧嘩神輿のぶつけ合いは不平不満の大きなはけ口になるかもしれない。50年前の学生時代、柔道部のアルバイトで祭りの神輿を担いだ記憶がある。急な階段が記憶にあるから、たぶん城北、御幸の還熊八幡神社の神輿だったような気がする。体力のある学生と言うことで刺青あるおじさん達に大事にして貰った記憶がある。バイト代は貰えなかったが、飯が食えて酒が飲めるだけで満足だった。あの頃は将来の夢にも希望にも無関心だった。その日暮らしで、怖いものなしの時代だった。日常は柔道が全てであった。自我が芽生え、これで良いのかと思い始めたのは30歳を超えた頃だろうか。いずれにしても昔から秋祭りが終わると一気に秋が深まる。

 

 

   

 

  

 

 

 

 

 

 

禍福人生 奮闘日記 『築地移転、築地商店街の多様性』

 

10月6日、昨日で100年近く続いた築地市場が豊洲へ移転する為に閉鎖となった。10年くらい前、社内旅行で鳥取県に蟹食いツアーに行った。境港の市場で茹で蟹を松山に宅配便で送ったことがある。その後、築地の魚河岸(場外市場)やアメ横商店街を社内旅行して気付いた事がある。同じ大きさの蟹で一番安かったのがアメ横商店街、次に築地商店街、そして、なんといちばん高かったのが境港の市場だった。境港の市場は新鮮さが違うのかもしれないが東京の約2倍の価格だったと記憶している。

 

かつて浜松町駅と築地市場と有楽町駅は私の東京での早朝パトロールコースだった。新発見と健康維持のトライアングルだった。新宿・新橋などの飲食店街は朝まで営業し、早朝の帰宅組サラリーマンがいる。駅近では早朝にもかかわらず風俗の客引きまでいる。それと対照的なのが築地の健全商店街だ。築地も24時間営業の飲食店が多い。早朝パトロール中に、ついつい魔がさして飲食店に入店したことがある。気後れしてお酒を注文したら、次々客が入ってくるではないか。しかも正々堂々と酒を注文し、正々堂々と酔っ払っている。

 

 私は田舎者、「この雰囲気は何なのだ!朝から酒を飲むなんて、おはら正助さんじゃあるまいし・・・」朝酒には罪悪感と抵抗感があった。しかし私の不安は一気に解消した。その後のパトロールを中断し一人酒を始めた。一人で盛り上がってしまいAM9時ころタクシーで帰宅した記憶がある。日本は平和で良い。自由で平等である。しかも成熟社会である。時間ぴったりに乗り物に乗れる。「駕籠に乗る人、担ぐ人、そのまた草鞋を作る人。」早朝の飲食店だって働く人居なければ朝酒だって出来ないのだ。今アメリカではトランプさんがアメリカファーストを掲げアメリカの多様性を否定している。多様性と寛容性を認める日本である。犯罪を抑えながら自由と言うルールの中で「常識を破って何でも在りよ」の精神は日本が世界一ではないだろうか。先日、最後の築地魚河岸を見おさめに行って来た。良い酒と新鮮な魚は最高だった。旨かった。

 

 

 

 

 

 

 

禍福人生 奮闘日記 『教育勅語発言、失言か舌足らずか』

 

 早速始まった。野党による新人大臣の脇の甘さへの追求である。就任したばかりの柴山文部科学大臣の発言が問題になっている。一部左翼系新聞もここぞとばかりに軍国主義と結びつけて批判を開始した。軍国主義とは飛躍も甚だしい。首相の任命責任が問われるべきだと大げさに騒ぎ立てている。彼は「戦前の教育勅語の中から引用出来るモノを使いたい。」と素直に発言した過ぎないのだ。右翼の人には気に入らない事だろうが、教育勅語の始まりの明治天皇発言のアノ文章を否定しておかば良かった。アノ部分「朕惟フニ我カ皇祖皇宗國ヲ肇ムルコト・・・」コレがいけない。君主国家じゃあるまいしアレはいけない。「記者の皆さんに誤解があればいけないので」と、アノ部分をはっきりと否定しておくべきだった。アノ部分は私もきっぱりと否定したい。皇族だって良しとしていない筈だ。

 

親が子を虐待したり、子が親を殺す時代である。戦後の教育を受けた野党議員も与党議員も人間として私利私欲は否定できない。与党の様に表舞台に立たないので目立たないだけで、今まで野党議員だって不正は沢山あった。私なんぞ、私欲と公益の間で今でも苦しんでいる。「綺麗ごとを言うあんた!そんな偉そうなことが言えるか。」と言いたい。私欲の抑制は与野党を問わずお互いの努力事項だと思う。明治時代の様に国家・国民に役立とうとする倫理道徳教育など、現在の義務教育では行われていない。大人社会の道徳心欠如は義務教育の放置に原因があると思っている。国旗掲揚や国歌斉唱が拒否される時代である。長幼の序が無くなり自由が履き違えられているのも甚だしい。自国を守り自国を愛すること(愛国心)は世界共通の理念だと思う。

 

 12の徳目とは親孝行・友愛・夫婦の和・朋友との信・謙遜・博愛・知能啓発・人格向上・公益志向・遵法精神・正義の勇気である。この教育勅語の中にある12の徳目の何処に問題があるのだろうか。この徳目の欠如によって現代社会が乱れている。「電車の中での暴力に対して見て見ぬふりをする乗客が多い」ことが物語っている。以下、この徳目に問題点があると思う人は指摘してほしい。批判する為に教育勅語を裏側から見れば、親のいない子がいるではないか。未婚や離婚者がいるではないか。発達障害や知能障害の人もいるではないか、との反対意見が出ることは承知している。私は社会的弱者を守るためにも必要な徳目だと思う。そう言う私なんぞ、まだまだ徳目教育が未熟だと思っている。小学生と一緒に勉強しなければならない。柴山文部大臣の発言の今、12の徳目について是非を議論する良い機会ではないだろうか。