川端裕人著:「色のふしぎ」と不思議な社会 読了。

「色のふしぎ」と不思議な社会 ――2020年代の「色覚」原論 (単行本)

 

ソフトな題名からは想像できないけれど、ページをめくると、スティグマ、差別、優生思想・・・まさに、私のこだわってきたテーマじゃないですか。私がタイトルをつけるとすれば、「何がしたくて色覚検査をすすめるのですか―時代に逆行する日本眼科医会」

 

川端さんは、関係者へのリスペクトを最後まで大切に、慎重に謙虚に問題を整理しようと努めていらっしゃるけれど、衝撃はあまりに大きい。私が厚労省担当の記者だった2000年、障害者の資格取得や職業を制限する欠格条項見直しを求める団体の会見に出てニュースにした。その時、過去に優生思想を背景に、過剰な選別=差別があったことに憤ったことを思い出した。状況は改善したと思い込んでいたのだが、まだこんなところに残っていたとは。

 

私には、ハンセン病を一人残らずあぶり出そうとする戦前の無癩県運動が重なって見える。あるいは、ハンセン病の光田健輔、薬害エイズの安倍英、過去の偉大な業績を絶対的なものとして信奉した医師たちが、重大な人権侵害をしてきた歴史が重なって見える。日々、医療現場で患者に向き合うプロの先生方に失礼なのは承知だけれど、見えていないことがあるのではないか。

 

2003年、色覚検査が学校の検診で必須項目からはずされたのは、過去の差別の歴史を踏まえてのこと。先天色覚異常は、「不用意に結婚したり子どもを産んだりすることを避けなければならない」と教えられ、職業を制限されてきた。小学校での検診で、「色覚異常」とされてしまった人は、様々ないじめを受け、親は遺伝させてしまったことに自責の念を抱き苦しむ。

 

私は近視で乱視で老眼の「屈折異常」をもっているが、「屈折異常者」とは言われたことがない。でも、色に関しては「色覚異常者」という呼称を使う。ここにも、差別の片鱗がみられる。

 

著者自身が小学校の検診で検査表が読めず、友達から囃され、進路指導で進めない分野があると告げられ、「あるがままの自分が不十分な存在だと繰り返し言われる不全感」が刻印されていた、という。だからこそ、色覚異常って何?をとことん突き詰め、取材する。それは霊長類進化、人類進化論にまで話は及ぶ壮大なスケールだ。色の見え方の違いが集団生活で生きる上で重要な役割を果たしてきたという研究は、生物多様性の議論とも通じるものだ。異常と正常という分け方ではなく、多様性、連続性の概念で色覚をとらえるのが今のサイエンスの主流だという。日本遺伝学会が先天色覚異常を「異常」として扱わないと宣言したことも驚くことではない。

 

そんな流れの中、眼科医会は色覚検査を徹底させようとしている。

 

こんな「色覚検査のすすめ」ポスターまで作って。

 

2色覚には難しいと思われる業務として、航空パイロット、航空・鉄道の整備士、警察官、商業デザイナー、カメラマン、看護師、獣医師、美容師、服飾販売、懐石料理の板前・・・・こうして複写しているだけで、涙が出てくる。「色覚異常」と診断されただけで、これだけ、自分の将来の発展可能性が狭められることになるのか。これを見た人はどう思う?当事者はどう思う?どうして、こんなに無神経な表記ができるのだ??自分の子どもが色覚異常と診断されて、このポスター見せられる?何がしたくて色覚検査をするのだ。異常者をあぶり出して、負のレッテルを貼ることに何の意味がある?

 

自分が異常だということを知らず、職業選択の際に不利益を被る事例があり、そんな悲劇を繰り返さないように、ということだが、色覚検査でスクリーニングする理由になるとは到底思えない。

 

さらに、戦前から世界で色覚スクリーニングとして用いられてきた日本発「石原表」の性能(感度と特異度)を誰も調査していないというのだ。

 

石原色覚検査表↓一度はやったことあるこれね。

石原式 色覚 に対する画像結果

確定診断まで結びつけることも実際難しいらしく、疑い=色覚異常とされてしまう。実際、著者が複数の検査を受けたところ、判別しづらい色分野はあるものの「正常」とされたそうだ。しかも、イギリスの航空パイロットにもなれる基準だという。正常か異常かの線引きはどこにすればいい?それぞれ、人によりいろんな見え方あって、苦手な色は別の器官で補って業務に支障がなければいいじゃないか。なぜ、その業務は難しいとやってもみないで決めるのだ。

 

早いうちから色覚異常者だと自覚させて、自制を促し、社会に適応するよう努力を強いるのは、障害者差別禁止法の精神からも大きく逆行するものだ。障害者に対し、現にある社会の壁を自分で乗り越えろとする考えは間違いで、社会が壁を壊す努力をし、合理的配慮をしなければならないことのはず。できることはたくさんあるはず。眼科医はその壁を壊す先頭にたつべき人たちではないのか。

 

この本は、眼科医はもちろん、厚労省、文科省、政治家に読んでもらいたい。議員会館、霞が関を回りたい気分。

それと、眼科医会の見解をそのまんま検証もせずに報道してきたメディア担当記者には必読書だと思う。

権威ある人がいうことでも、誰かを確実に傷つけていることだけに、ちょっと立ち止まって考えないと。

 

いやあ、頭から湯気が出ました。川端さんの渾身の問題作。参りました。