まいどーo(^▽^)o
ここまでの経緯のつづきです。
高校を卒業して社会人になっても
いろいろな事が重なり、
それでも家のお金が回らない
ところからですね。
当時の仕事先は、学生時代から
アルバイトしていて、卒業と同時に
責任者、少しして副店長まで昇格していた。
月給は18歳、19歳がもらえる給料には
充分すぎるくらいもらっていたが、
それでもしんどい状況だった。
そこで僕は覚悟を決めた。
掛け持ち。
昼は仕事で夜はパチンコ屋で
働くことに決めた。
当時はパチンコとスロットを
遊びでやるくらいで、勝ち方も
もちろんわからなかったが、
楽しさは当時から体感していた。
店員として働き始め、少しして
プロ集団と呼ばれる人達が
連日同じ機種ばかりを打っている
ことがまず目についた。
この時、この人達は仕事してないんかな?
なんで毎日パチンコできるんかな?
と、疑問を抱き始めた。
その疑問が1つのみならず、
複数抱いた結果、
パチンコは勝ち方がある。
と、気付きはじめた。
稼ぎの方は、掛け持ちのおかげで、
かなり家が落ち着いた。
同時に僕の体の疲労はピークに達していたが、
それ以上に両親は頑張っていた。
少しして、昼の仕事をしていると
本部の偉いさんが店回りの為、
自店に尋ねてきた。
そこで、僕のシフト状況を見て
指摘された。
そう、パチンコ店は4時半から
遅番勤務だった為、3時には
昼の仕事を退勤していたのだ。
それは副店長としては
ありえないことで、直属の上司の
承認だけで行っていたのだ。
すぐさま降格し、アルバイトになった。
この時点で僕は社会の目というか、
高校も出たのにフリーターという
現実が耐えれなくなった。
お金のことで落ち着いたのも
理由だが、なんでもいいので
正社員として働きたかった。
そんな話しをパチンコ屋の
店長などと話すと、
社員採用してくれるという
話しが転がりこんできた。
業務的にも楽しかったですし、
パチンコ屋の裏を知るうちに
勝ち方を徐々に理解してきたし、
パチンコの深さ(正攻法と呼ばれる)
を追求したかった。
そんなこともあって、お世話になった
昼の仕事は辞め、パチンコ屋の
社員になった。
今日はここまで!
次回
東京進出!!!
次回もお楽しみにo(^▽^)o
ボード楽しかったよ♡
おじゃん。

