成田悠輔さんって「困ったら死ねばいい・死ねば終わる」ということを言っているらしいですが、、、、

 

私も、氏のユーチューブは時々見てまして、頭の良い人だなあ、と思いますし

若いのに米国有名大学で早くも助教授、すごい肩書で鳴らしている、、、

なぜこの人は異例の出世したのだろう?などとも考えていました。

 

ですが氏は「困ったら死ねばいい・死ねば終わる」こんなこと考えて、、皆に言うてるんですね、、、

 

こんなにみんなに影響力のある人が、そんなことを言っているなんて。

 

私はそれを知って、驚いて、怖くなりました。

 

私は、日本の若者たちの中で、この言葉に影響を受けて、亡なる人が出ることを案じます。

 

もしそれでなくなる人がたくさん出れば、それはすごく罪なことです。

 

間接〇〇、のようなものです。

 

徳、不徳で言いますと、成田さんは不徳をたくさん積んでいるような事になります。

 

有名な人というのは、人に影響力もあるので、心して考え、発言してほしいです。

 

ところで、私は輪廻転生ということを信じています。

 

人間は生まれては死に、死んではまた生まれ変わる。という説です。

 

詳しく言うと、人間の魂は、体内ベビー時の肉体に宿り生まれて現生を生き、 死んで肉体を離れ魂だけになり、あの世で生き、それを繰り返していきます。

 

世界の悟った人、釈迦、キリスト、空海、等々もそう、言ってるじゃないですか。

 

我々は二極の世界に生きています。

 

世界は、裏と表、大と小、 昼と夜、 善と悪、喜びと悲しみ、 男と女、天と地、海と陸、肉体と精神、戦争と平和、見えるもの見えないもの 等々、一対の2個セットになっています。

 

ならば この世とあの世もセットであるはずですよね。理論的にも。

 

そして人は輪廻転生して 痛い目をしたり、後悔したり、感動したり、感謝したり、気づいたりして、学習して進歩していきます。

 

人、人類の目的は進化だそうですから。 

 

「困ったら死ねばいい・死ねば終わる」を信じて死んだ人は、あの世で、肉体だけない、生きている自分にびっくりぽん!

 

 迷います。大後悔します。苦しみが長く続きます。

 

進化はずっと後退して、今度生まれた時は、もっと過酷な人生を選び学習しなおすことになります。

 

魂的にロスの多いことです。

 

生まれたら、お迎えが来るまで生ききるというのが、ロスのない魂の進化の旅だと思います。

 

死ねば終わり、全てなくなるなんて思想は、近代、たかだか100年200年の考えです。

 

これは、目に見えるもので、全てを推し量ろうとする 唯物論から来ています。

 

言わせてもらいますが、死んでなくなるのは、肉体だけです。

 

魂は残りますので、死んで自分の肉体が亡くなった時、あら?俺まだいるわ、なんて、死ねば終わりと思っている人は、ビックリします?!

 

超うろたえて、ある者は生きている人間にしがみつきます。これが憑依というやつです。成仏できていないとも言います。

 

苦しいですよ、、、、

 

ご用心ご用心。ウインク

 

 

※ 参考

松島修先生もこう言っています。

 

「困ったら死ねばいい・死ねば終わる」

これは無価値観です。
無価値観とは「人には価値がない」という概念です。

 

教育や政治などを考える時に
「人には価値がない」からスタートするのと
「人には価値がある」からスタートするのでは
全く結論が異なる可能性が大です。

 

前提が「人には価値がない」と、「人には価値がある」では同じデータを解析しても全く違った結論になるのです。

 

無価値観、つまり人には価値がないが前提だと、社会は支配層と奴隷層に分かれる傾向が強く、支配層が奴隷層を管理し、それが進むと監視社会になります。

 

人には価値があるが前提であると真の民主主義の方向です。

 

成田悠輔さんは、理想の民主主義を目指しているのに監視社会に導いているように見えます。

AIが国民の言動や表情など無意識を含むデータ収集をするには監視社会になっていることが前提です。
監視社会は無価値観の社会の特徴なので違和感が出てきます。


成田悠輔さんは無価値観を前提に理論構築しているのだと思いますが、ご本人は、無価値観から、議論構築していることに気付いていないのかもしれません。

 

人には価値があるか、価値がないかを比較すると分かりやすいです。

■価値がない    
監視社会     
奴隷化       
システム優先    
人を支配する 

 

■価値がある

民主主義

一人一人を尊重

人間優先

人に支配的でない

人が自立

 

2つの前提を少し詳しく説明します。

人には価値がないからスタートすると

人には価値がないからスタートすると
試験などで優秀とされた頭の良い優秀な者が支配層になり、
国民を支配することになります。
(お金持は優秀という考え方などもあります)


頭の良くない、優秀ではない国民には政治を任せられないし、
悪さをしないように監視し、スコア化して管理、奴隷化されていきます。


一旦、奴隷的になると国民は国に依存し、自分の頭で考えることが無くなり、依存性は加速します。

支配層にとって国民は価値がないので、虐待しても罪悪感がありません。

民主主義は、国民に主権がありますが、監視社会は支配層が主権を持ちます。

人には価値があるからスタートすると

人には価値があるからスタートすると
一人ひとりの意見が尊重され
一人ひとりが自立し
自分の個性(性格・才能・役割)を発揮し
自分の頭で考えることになります。

 

現在の日本は、すでに、自分の頭で考えず奴隷化しているので、どうしたら人々が自立できるかを考えることが大事だと思います。

 

民主主義は、自分の頭で考える自立した真に成熟した大人でなければ成り立たない仕組みです。


民主主義が悪く独裁主義が良いのではなく、現在、民主主義はまだきていない状態だといって良いでしょう。